5 夏
木造の家がレイナにも使えるようになると、レイナは家にほとんど帰らなくなった。
母親は夕方から仕事に出かけ、朝方に帰って寝ているのでレイナの行動を把握していない。
家に帰っていないことに気付いたとしても、どこか友だちの家に寝泊まりしているのだろうと、かつて自分もやっていた思春期の出来事だと気にもしなかった。
レイナは木造の家で暮らしたかったが黒猫の説得と食料事情に問題があった。
黒猫はレイナはまだ人間社会で暮らしていた方が良いという思いがあった。
またウーサは花畑の花を食べるし、黒猫は庭に生っている柿や軒下に生息しているネズミを食べている。
しかし、人間のレイナは庭の柿だけでは生きて行けない。
どうしても木造の家から出て、食べ物を買わなくてはいけなかった。
それが許せないレイナは次のダンジョンを魔力感知で街中のビル屋上で見つけると、中にいた鳥類を威力が段違いに上がった炎で悉く焼き尽くした。
すずめも鳩も燕もダンジョンマスターだったカラスの群も決して弱い相手ではなかったが、レイナの新しい力の炎によって焼き落された。
黒猫は大人しく焼き落ちた鳥を食べ、ウーサは頭を掻いていて出番はなかった。
ダンジョンコアを手に入れたレイナは新しい力に野菜を作る力を求めた。
それから花畑の横に畑が出来て、ダイコンやニンジン、ジャガイモなどの野菜が植えられるようになった。
自給自足が叶ったレイナだが、野菜以外の米、肉、調味用、服などまだまだ道のりは遠かった。
* * *
学校には母親に電話されても困るから通学しているが同級生と交流する気のないレイナはもっぱら本を読んで過ごしていた。
しかし、世間の巷ではダンジョンの存在が噂されるようになっていた。
「ねぇねぇ、知ってる~。最近、ダンジョン現る!! て動画があるんだって。洞窟の中に入った人が動物に襲われてるの」
「あ! 知ってるよ。映っていた動物がちょって普通じゃないってコメントされてたんだよね」
「何! UMA(未確認生物)とか!」
「ぎゃはは、ぜっったい、やらせじゃん。後で全部嘘でしたって落ちでしょ」
「でも、本当だったらどうするよ」
「そんなもん。ちょちょいのちょ~いと倒してやんよ」
「ちょ、惚れやしたぜ姉御! 真の益荒乙女とは姉御のことだ!」
「益荒乙女はやめれ」
気が付けば夏になっていた。
年々暑さの増す夏に人々は辟易としていたが、木造の家は外の環境に影響されないで適度な夏日となっていた。
木造の家は基本黒猫が管理している。
家や庭に咲いている植木や果樹や鉢植えも季節に合わせたものに変わっていた。
ちなみにウーサが管理している花畑は年中花が咲いて変わらず、レイナの畑はアコに一任して野菜に適した環境となっていた。
クーラーが要らないぐらいの気温とはいえ、やはり暑いことには変わりない。
黒猫とウーサは大人しく木陰で涼んでいるが、人間の性なのかレイナはより快適になるよう魔法で水と風を作り出し、冷風を作り出した。
魔法感知を手に入れてなければ、使うことは出来なかった。
まだ少ししか出せないが練習すれば攻撃にも使えるようになるだろう。
平穏を享受していたレイナだったが、ダンジョン探索を止めたわけではない。
しかし、レイナの徒歩探索範囲ですでに四つのダンジョンを見つけている。
少し遠出をしなければ、新たなダンジョンを見つけることは出来そうにないが遠出するのにもお金がいる。
今レイナに致命的に足りない物はお金だった。だが、中学生のレイナがお金を手に入れる手段がない。
悩んだレイナは人間の自分よりよっぽど物知りな黒猫に聞いてみた。
「お金を手に入れる手段? 前の飼い主の孫のアキちゃんは中学生の時に新聞配達をしていたけど、レイナは出来ないの?」
中学生のバイトは基本的に禁止されているが、新聞配達、牛乳配達の軽度の労働は許されている。
レイナは早速、新聞配達のバイトを始めた。
学校の教師や親の許可が必要だったが母親は勝手にしろと許可し、教師は母子家庭の実情に考慮して許可した。
新聞配達は自転車での配達だったが、レイナは今まで自転車に乗ったことがない。しかし今のレイナは自転車を漕ぐよりも走って配達する方が早かった。
レイナは二つのダンジョンコアを手に入れ、魔力とともに身体能力も向上していた。向上しすぎて体育の授業で手加減するのが難しいほどだ。
溢れる身体能力を使って、早朝の人目のないことをいいことにビルを飛び越え、マンションの壁を駆け上がって新聞をポストに入れて行く。
余りにも早く配達が終わってしまうと不信に思われるので、適度に休憩を挟んだ。
人気のない静寂とした街の中、澄み切った空気を吸って白い息を吐きながら走ると身体中が活性化して熱を持ち、エネルギーを作り出すのは爽快だ。
霧が立ち込める中、ビルの屋上から見る朝日は美しかった。
バイト代が入る頃には夏休みに突入していた。
* * *
お金を手に入れたレイナはダンジョンを求めて、電車に揺られて隣町に来ていた。
ウーサは竹網籠の中に、黒猫はレイナの隣に座っている。
周りの人は黒猫を奇異の目で見ていたが、どちらかというと好奇な目が多いだろうか。普通の猫も偶に電車に乗っているので黒猫が特別変ではないとレイナは言い訳している。
隣町は山に囲まれている町でレイナの住む街より寂れている。
夏休みに来るのは帰省する孫ぐらいだろう。
しかし、ダンジョンが隠れて存在するにはいい所だった。
かつてより魔力を感じられるようになったレイナはこの町にダンジョンがあるのが分かった。
レイナたちは電車から降りると寂れた町中を通り過ぎて山の中へ入っていく。
木々の生い茂る森の中、大木のうろの中にそのダンジョンは存在していた。
中に入ると外と同じような森が広がっている。
森の中に潜む魔物の存在にレイナたちは気付いていた。
出てきたのはタヌキだった。
かつて戦った狸似の主とは違い、見た目は普通のタヌキだったが木の葉を浮かべてレイナたちを攻撃してきた。
いままでの爪や牙と言った原始的な攻撃ではなく魔法と思われる攻撃を仕掛けてきたタヌキにレイナは驚いた。
木の葉はギザギザと尖り、かすりでもしたら怪我を負うだろう。
しかし、一瞬驚いたレイナもすかさず炎で薙ぎ払い、木の葉を焼いてしまう。
タヌキは驚いて逃走を図るも、ウーサの頭突きによって刺し殺された。
どうやら今回のダンジョンはこれまでより手ごわいようだ。
そう感じたレイナは慎重に、しかし大胆にダンジョン攻略に挑むことにした。
森のダンジョンを攻略するためには長い期間、隣町にいないといけない。
幸い今は夏休みで学校はなく、バイトも一定の金額を手に入れたので今は止めている。いつでもバイトに来ていいと新聞屋さんに言われているので、夏休みに遊ぶお金欲しさのバイトだと思われたのだろう。
いままでは家からダンジョンに通っていたが隣町に電車で通ったり、ホテルに泊まれるほどのお金はない。
しかし、レイナたちには木造の家というダンジョンがあった。
本来、移動することなど出来ないダンジョンだが鳥類のダンジョンで手に入れたダンジョンコアを維持に回すとダンジョンの移動が出来る新機能が出てきた。
これは数多くのダンジョンコアを保有しながらも小さな範囲の空間と魔物のいない木造の家だからこそ出来たことだとアコは言っていた。
移動用のダンジョンの核は木造の家に置いてあった手のひらサイズの達磨だ。
これでレイナたちは移動可能な家を手に入れた。




