3 黒猫
あれから穴が再出現することはなかった。
ウーサはあれから新たな力を手に入れて身体の大きさを自在に変えられるようになっていた。
レイナはウーサに頼んで子ウサギの姿に変わってトタン小屋に隠れ住んで貰っている。
しかし、このままウーサをトタン小屋に住まわせることは危険だ。いつ巨大になったウーサを見られるか分からない。
そこでレイナはまたあの穴のような場所がないか探し始めた。一度は遭遇したのだ。同じような場所がないとは言えない。
レイナは人目が少ない場所を重点的に探したが中々見つからず、いつしかレイナは中学生になっていた。
中学校は小学校から少し遠い程度の距離だったので歩いて通学することが出来た。
母親は新しい制服や教科書の出費で愚痴をこぼすばかりで祝いもしなかった。
新しいクラスメイトはレイナを知らない子も多かったが、レイナは友達を作ろうとはしなかった。どうせ小学校の頃の元同級生たちが噂を流せば皆離れていくだろうし、レイナにはウーサと言う友だち以上の存在がいたので平気だった。
新学級で賑わう教室の中、レイナ一人うわの空でウーサの新しい住処探しについて考えていた。
レイナは学校が終わると部活見学にも行かず、真新しい制服で帰り道を歩いていた。
いままで人目のない所を重点的に探していたが、入れない場所も多くあてずっぽうで探しても見つけることは難しい。
ならば逆に人気のある場所を探してみるのも以外にいいかもしれない。
レイナは今まで足を向けたことのない繁華街に向かった。夕方の時間はまだ本格的な営業を始めている店は少なく、レイナの母親のようにこれから出勤するのだろう。
寂れた脇道に入ると店裏は回収されていない空き瓶とゴミ、吸い殻が散乱していた。
当てもなく探し歩いたが、見つかる様子はなかった。
レイナは穴での出来事を思い出していた。ウーサとの出会い、不思議植物たち、火魔法、魔法が回復する果実。
不思議なことだらけだったが、根幹には魔法の存在が不可欠なのように思えた。
あの穴は魔法のエネルギーによって運用されていた。ならば、魔法を見つければ穴のような場所を再び見つけることが出来るかもしれない。
レイナは魔法が火になる前のまま身体から放出して魔法の存在を探した。
すると近くに似たような存在を感じる。歩いて行くと路地裏に出て、人気のない古い木造住宅の並ぶ道に出ていた。
路地の突き当りに何処か続くドアが設置されている。ここから魔法の存在を感じることが出来た。
レイナは躊躇いなくドアを開いた。
そこにあったのは続く路地ではなく、小さな木造の家だった。しかしドアの外から見ても家なんて存在しない。
レイナは驚きながらドアの中に入り木造の家を散策する。
玄関には相田という表札があるが人気はない。植木鉢の並ぶ裏庭に回ると、縁側に一匹の黒猫が丸まって日向ぼっこをしているだけで家の中にも人気はなかった。
レイナが庭から家の中の様子を探っていると突然声を掛けてくる者がいた。
「おや、お客さんだなんて珍しい。こんな小さな家にわざわざ、いらっしゃい」
喋ったのはあくびをしている丸まった黒猫だった。
黒猫は背伸びをすると座り直し、レイナを見つめてくる。
レイナはドキリとした、その猫は額に第三の目を持つ黒猫であった。
この黒猫もウーサや不思議植物と一緒なのだと気付いたレイナは素直に黒猫に聞いてみた。
「ここはあなたの家なの?」
「そうだよ。ここは僕のお家さ」
「他に住んでいる人はいないの?」
「いないね。ここには僕しか住んでいない」
「あの……、お願いがあるの、私の友だちをここに住まわせて貰えない?」
不躾なレイナのお願いに黒猫は訝し気に説明を求めた。
レイナは素直に穴での出来事を黒猫に説明した。喋ることが苦手なレイナは拙く要領を得ない説明だったが、黒猫はレイナの説明を根気よく聞き、時折尋ねる大人で人間的な気遣いのできる猫だった。
「いいよ、暇を持て余していたから同居人は大歓迎さ。ただし節度を守った同居が長続きの秘訣だよ」
長々としたレイナの説明が終わると黒猫は早々と了承を示した。
レイナはすぐにトタン小屋に赴き、ウーサを回収すると黒猫の家に戻って二匹を引き合わせた。
ウーサは喋ることはないがレイナが話すことを理解している。二匹は争うことなく同居することができた。
それからレイナは学校帰りに黒猫の家に寄り、二匹と遊ぶ日々を過ごした。
* * *
黒猫のいる木造の小さな家はやはり、あの穴のような不思議な場所だった。
存在しているのは木造の家を囲む塀までで、そこから外は存在しない。
しかしウーサが同居してから空間は広がり、庭の隣に小さな白い花畑が出現してウーサは心置きなく花を食べている。
黒猫の家の中も一見普通の家のように見えるが、電気や水道、ガスを使うことが出来ない張りぼてだった。
これは実は黒猫のせいらしい。この小さな木造の家は黒猫がかつて人に飼われていた頃に住んでいた家で、黒猫が思い出しながら作った。
しかし猫に人間が使っていた道具の用途や構造を知っている訳がなく、見かけ倒しのものとなっていた。
そう、この空間を作ったのは黒猫だと言う。
ある日、野良猫だった黒猫が迷い込んだ先には暗い空間と大きなネズミがいた。
しかし大きなネズミと言っても猫には及ばない、黒猫は本能のままネズミを仕留めると新しい力を手に入れ、迷い込んだ空間の新しい主となった。
空間は主によって変化する。
黒猫は思い出深い木造の家を作った。
黒猫の新しい力は人語を話せる知力だった。
それから黒猫は縁側で微睡み、レイナが訪れるまで来るものはいなかった。
そして黒猫は同じ力をウーサも持っているとレイナに説明した。
あの穴の主は大樹だったのだろう。大樹を倒したことによってウーサが新しい主になった。
本当はウーサも新しい空間を作り出すことが出来たはずだったが、新しい力で身体を自在に変えられることに感動して忘れていたらしい。
黒猫に教えられて、白い花畑を作ったという経緯だ。二匹は同じ不思議空間の主だからなのか意思疎通が出来るようだった。
レイナは安心した。二匹が一緒にいれば、そうそう人間に捕まることはないだろう。
もしかしたらウーサたちのような不思議生物は人知れず沢山存在しているのかもしれない。
木造の家で遊んでいると、ウーサと黒猫の関係性が見えて来る。
ウーサは基本的にのんびり屋で食いしん坊。花畑でもりもり花を食べていたり、縁側で寝ていることが多い。
黒猫は人間臭くて意外に気遣い屋さん。いつも縁側で丸まって寝ているけど、ウーサが頭突きをして遊んで! とねだると付き合ってくれるし、レイナが人間社会にあまり適応していないことに気づくと、かつて飼われていた頃の話をしてアドバイスをくれる。レイナの母親より親役をしている。
レイナは学校が終わるとすぐに木造の家に帰り、二匹と遊んで一緒に日向ぼっこをした。
穴の時のように不思議植物を倒す探検は出来ないが、この木造の家がレイナにとって居心地のよい場所になっていた。
レイナも出来ればウーサたちと暮らしたかった。
しかし、張りぼての家では暮らせない。子供のレイナが行方不明になれば捜索されてここが見つかる危険性もあった。
レイナは母親と共に安アパートに暮らすしかなかった。
そんなある日、黒猫からレイナに提案があった。
「ウーサの穴や僕の家のような場所をまた探してみないかい?」
「なぜ?」
「そこに不思議生物や主がいて、僕たちが倒せば魔力が増えるんだ。この家をもう少しレイナの住みやすい家に出来るかもしれない」
「倒さないといけないの? 仲間じゃダメ?」
「うーん、話し合いが出来れば仲間でもいいけど、十中八九襲ってくるよ」
レイナが見つけた場所ではウーサと黒猫という仲間を得ているが、黒猫はそれが稀だと確信しているようだった。
木造の家が使いやすくなれば嬉しいし、また探検をして力を得られることに冒険心の強いレイナは心惹かれていた。
そして新しい冒険が始まった。




