18 受験
咲田との取引でかなりの現金を手に入れたレイナは食料、日用品、服などを買い込んだ。
黒猫が心配してお金があるなら買っておくべきだと進言したのだ。
レイナはそこまで心配する必要はないと思ったが、彼の進言を無碍にもしたくない。
使い道に困る金額であったし、備蓄用に長期間保存できる物を買いそろえていった。
夏になると全国で一斉にダンジョンの開放がなされた。
ハンター登録をした人たちは解放されたダンジョンに入って探索を始めた。
魔物を倒して魔力を手に入れ、力を増していく。
素材を手に入れて金を稼ぐ。
勿論、怪我や死亡する人もいた。
するとパーティーやギルドを立ち上げて複数人で潜って危険を下げるようになった。
中でも一番の大手は内田浩二が発足したハンター組合だ。
ダンジョン開放以前から立ち上げ、政府に認知される前からハンターとしての地位向上を目指していた団体として尊敬されていた。
また、ハンター組合は組合員にハンター証と呼ばれる現在の魔力、能力、強化が分かる魔道具を配布していた。
この魔道具を目当てに組合に加入するハンターもいるほどで、驚異的な魔道具だが誰が作成したのかは秘匿されている。
また咲田が販売しているニンジン味の魔力回復薬はハンターに人気だった。
魔力回復薬が表われてから模倣品が出たが味も回復量も劣るもので、咲田の魔力回復薬は高価でも希少品で手に入れるのが難しい代物になっていた。
* * *
中学の夏、本来だと受験の年として勉強に精を出す時期だが、レイナと黒猫か対峙して向き合っていた。
「レイナ、君は来年高校生になるために受験するんだよね」
「……別に高校に行かなくてもよくない? お金も住む場所もあるんだし、ダンジョン経営しながら暮らして行けば」
「あのねレイナ。僕は君に友だちを作るためとか、学歴のためとかは言わないよ。
でも知識は本だけでは得られない。学校でしか学べないこともあると思うんだ。
人間のレイナだからこそ、今出来ることをした方がいいと思う。
僕たちじゃ、人間の社会に関わることは出来ない。
人と問題があった時、レイナだけで解決しないといけないかもしれない。
その時、常識を知っていないと困るのはレイナだろう?
僕たちとばかり一緒にいては視野が狭まる。レイナにはもっと広い視野をもってこの世界を生き延びて欲しいんだ」
「…黒猫君は、私を人間社会の枠組みに入れようとするよね。私はウーサと黒猫君がいてくれれば、それでいいのに」
「僕だってレイナとウーサがいてくれるだけで満足だよ。でも人って縁を繋いでいく生き物だと思うんだ。
レイナは人と無関係にはなれない。なら、人との対処法を学ばないといけないよ」
頬を膨らませながら拗ねているレイナに黒猫は真摯に言い聞かせていた。
黒猫には、どこか人間のレイナに人間社会で幸せに暮らして欲しいという願望があるようだ。
平和で平穏な日常は野生の生き物には想像も出来ない豊かな生活だ。
人として模範的に生きれば、平穏無事に天寿を全うできる。
しかし、レイナの生き方は人間社会では生きづらく、今後は世界がどうなるかも分からない状況だ。
なにが正解か分からない中で、もがいて生きるしか方法はない。
その中に人との関わりという選択を外して欲しくなかった。
黒猫の説得の結果、レイナは定時制高校に行くことにした。
授業の時間帯も選べるし、無駄に日中拘束されない。
ハンターになったとしても勤労学生として認めて貰えるだろう。
レイナは人間社会から離れることは出来なかった。
レイナが久しぶりに母親のいる安アパートに行くと、部屋の中はゴミだらけで湿気と重苦しい空気が漂っていた。
レイナは嘆息しながら、いつものように掃除をしていると母親が帰ってくる。
やけに老け込んだように見える母親にレイナは高校受験の話を切り出した。
「高校受験だけど、近くの定時制の高校に行こうと思う。お金は私も働くから手間はかけない」
「そう……、ならいいわ。あんた家に帰って来ないけど、そんななりで男の所に転がり込んでるわけじゃないわよね」
「してない。知り合いの所にいるだけ」
「ふんっ、どうだか」
そう言ったきり母親は何も言わなかった。
レイナも必要な書類手続き以外に求めるものはなかった。
受験に向けて勉強をするレイナだったが意欲は低い。それでも黒猫に教えてもらいながら勉強していた。
黒猫はすでに図書館の本で高校生相当を修学していた。それでもまだまだ人間のことは分からないことだらけで、本を読み終える事はない。
木造の家の居間で黒猫と勉強しているレイナと、横で心地よさそうに昼寝をしているウーサがいる。
呑気なウーサが羨ましくなるレイナだが、人である故に単純に生きられない難しさがあった。
* * *
レイナが魔力回復薬や素材を定期的に咲田に売り払い、黒猫と受験勉強に明け暮れている日々。
内閣府に新設されたダンジョン庁は日夜残業に明け暮れ、連日の会議が続いていた。
ダンジョンの運営、魔物討伐の自衛隊・警察の連携、魔物素材の運用、魔力の解明、会議内容は多岐に及んだ。
会議室を出た通路先、自販機横の喫煙所に三十代程の女性が目の下に隈を作り、疲れた顔で煙草を吹かしている。
一人で休憩していた女性だが、四十代ほどの男性がコーヒーを手にやってきた。
「岡本、煙草ばかり吸ってないでコーヒーでも飲め、飯は食べてるか? 若いってのに身体を悪くするぞ。
すまんが休みは取らせられないからな、体調管理はちゃんとしとけよ」
「なら防衛省や公安の連中をどうにかしてくれませんかね。連中が好き勝手動いているせいでこっちの苦労が水の泡です」
岡本がコーヒーを飲みながら疲れた顔で言ったことに、男性は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「連中もなぁ…国の為にやっていることだろうが、やり方がな」
「彼らは私たちに報告していないダンジョンを独占して戦力を上げていますよ。
十中八九、ダンジョンマスターの人物がいます。
それに国防の為と言ってハンター組合の内田浩二を拘束したのは良くなかったですね。
あれでハンターたちは政府を信用しなくなりました。反政府勢力を態々作ったようなものです。
関係改善に苦慮しているこっちの気も知らないで!」
灰皿に吸い殻を捻り潰す岡本は相当ストレスが溜まっているようだ。
男性はそんな岡本を宥める。
「まあまあ、ダンジョンを開放したことでハンターたちの態度も軟化している。
このまま順次ダンジョンを開放して行けば、魔物討伐はハンター達に任せられるだろう。
岡本のお陰でこれだけ初動が早かったのだ。救われる命も多かろう」
「そうでしょうか……」
岡本の顔は憂いで陰っていた。
己のこれまでの人生は、それなりに努力して順風に歩んでいた。
今の仕事も大変だがやりがいを感じていた。
しかし、今の状況は自分の許容量を超えているのではないか。
人の生死も、国家の存亡も、果てには人類の滅亡も掛かっていることに彼女は戦慄していた。
だが、そのことを一番理解している彼女が国家単位で対応出来る仕事に就いている。
ここまで政府が早い対応でダンジョン開放やハンター、魔物の扱いが緩和されたのも彼女の尽力が大きい。
しかし、替えのきかない仕事内容に責任感と焦燥感で岡本もどうにかなってしまいそうだが、それも許されない。
彼女は今、人類存亡を賭けた仕事を全身全霊で挑んでいた。




