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千代五星異聞奇譚 白光の焔  作者: トヨタ理
第四章 さようなら、青葉ヶ山
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44 卒業

「卒業証書授与。六年一組、朝山ホムラ」


 袴姿の熊野が自分の名前を読み上げて、練習通りに「はい」と返事をし体育館の壇上へ上がる。

 電子オルガンが奏でるカノンが体育館にゆったりと流れる中、青葉ヶ山分校最後の校長によって粛々と卒業証書の内容が読み上げられていく。


「卒業おめでとう、ホムラ君」


 証書の読み上げが終わり、朗らかに微笑む校長が卒業証書をホムラの前に差し出す。それを左手、右手と順に握り両手で受け取ると、清々しいような、けれど心に穴が空いてしまった虚無感のような、そんな言い表せない気持ちが一気に襲いかかってきた。


 今日でおわり、なんだ。


 頭に浮かんだ<おわり>の文字に、ただの紙である証書がなぜか重く感じた。




 架美来が青葉ヶ山を去り、年を越してからの時間は驚く程あっという間だった。まだ二ヶ月、まだ一ヶ月と思っていた時間は、いつしかあと一週間、あと三日、あと一日と過ぎ去っていってしまう。


 修行場にやって来た白狐と一緒に鍛錬したり、まるで遊びに来たように時々ふらっと顔を見せた陽満から神力の使い方を教わったりもした。

 学校では卒業式と閉校式の準備と練習をして、三日前には学校のみんなで「お別れ会」をしたばかりだ。


 卒業までの日々は初めて白狐と和合して裏を知ったあの時ほど濃いものでも何か波乱があった訳でもない。ただ平穏で何でもない日々が過ぎ去ってしまうのが少し寂しくて、だからこそ一日一日が心に深く刻まれていくのだ。




 卒業式の前日は、龍次から受けていた修行の最終日だった。


 芝生が敷かれた広い庭の端と端。

 数メートル離れた場所で、白い道着を着たホムラと龍次が立っている。そこから少し離れた場所でストップウォッチを持っているたつジィは、神妙な面持ちで二人を見守っていた。


 修行の最終日までに、龍次が伝授する龍眼神流りゅうがんしんりゅうの技を己の技として身につける。これが修行を受ける前に龍次と交わした条件だった。それを示すのが今行われているこの最終試練であった。

 開始から約三分間、()()()()()()()()()()()()かわし続ける。それが達成できれば合格、一撃でも龍次にホムラの攻撃が通れば満点。ただし和合はせず、己で身につけた技のみで挑む。だから今ここに白狐はあえて呼んでいない。


 修行が始まって早数ヶ月。これまでありとあらゆる稽古で武術を体得してきた。その間に何度かこの試練に挑んではいるものの、まだ一度も成功した試しはない。だからこそ最終日の今日は何としても龍次から一本取らなければならない。


 互いに立礼をして、半身の構えを取る。

 鼻から大きく息を吸いへその下――丹田に空気を送り込む。気の流れを作り、神力や技を発する<気力>を生み出す。基本でありながらも、あらゆる技に繋がる大事な呼吸法だ。全身に気が巡り気力が蓄積されたのを感じ、鼻から深い息を吐く。


 開始のタイミングは、ホムラが決めて良いと事前に言われている。


 唾を飲み込み、息を大きく吸って吐く。

 狙いを遠くの龍次に定め、ホムラは勢いよく足を踏み込んだ。


 全速力で龍次への接近を試みるも、当然のようにあの<目に見えない衝撃波>が襲いかかった。


――今だ!


 瞬時に右の手刀に神力を纏わせ、衝撃波を軽く()()ように下へ流すのと同時に、風船が「パンッ」と弾けたような音が――<衝撃波>がかき消えた音がした。


 ホムラが冬休みの修行でも苦戦していた<衝撃波>の正体は龍次の神力が生み出した力だ。白狐(または和合したホムラ)が操る焔もまた同様のものなのだが、己の肉体のみで、かつ無傷で受け流す事は玄人でも至難の業だ。しかし、それが神力同士であれば話は変わってくる。


 相手と同じ力の神力で相殺し、力を消滅させる。

 すなわち、神力には神力をもって制す。


 これは悪鬼が持つ呪力に対しても有効だが、闇雲に力を合わせるだけではいけない。衝撃波が発生する気配を察知し、素早く先手を打った上で先の行動に移ることが肝になる。


 続々と急所(心臓)を狙おうとする衝撃波の猛追を、淡々と手刀の周りに纏わせた神力の波を合わせて打ち消す。


 その猛攻を経て、ようやく龍次の目の前に立つことができる。


 あと自分に何秒残されているのか。

 分からなくとも今はただやり切るしかない。


 龍次から仕掛けられる打撃と神力の合わせ技。それを同じスピードで防いで受け流し、<合気>の技で応対していく。


 ホムラが龍次から教わった技は合気道が下地になっている。


 ホムラがこれまで悪鬼と戦えてきたのは、並外れた神力と白狐の経験によるところが大きい。以前に学校での討伐が失敗した時のように和合ができなければ、戦闘の心得も経験も全くないホムラでは低級の悪鬼でも命が危うい。

 それは架美来の討伐を見学していた最中、槍でも苦戦を強いられた場面をみていてホムラもよく理解していた。


 そこで龍次がホムラに教え込んでいたのは、「合気」を下地にした技だ。


 直接的な攻撃を仕掛けるのではなく、争わず内なる力を相手に発する。圧倒的な攻撃で制圧するのではなく、力を見極めた上で相手を制す。今のホムラには一番必要な技だ。

 だが、一般的な合気と異なるのは、自身の身体だけでなく神力や呪力をも身体の一部のように利用し組み合わせて応対すること。これが龍眼神流の基本技の一つである。


 しかし、理屈で理解していても龍次を容易く崩す事はできない。今のホムラには防ぐ事で精一杯だ。


 だが、そんな圧倒的な力量差でも機会は訪れる。


 もはや目に追えない攻防の後、ホムラには()()()

 衝撃波を発し、ホムラの腕を掴みにいく時のわずかな龍次の心の揺れ。瞬時に足を引いて龍次の手を掴み返し一教を――龍次の肘を天に上げ、肩を即座に落とす技を試みる。

 完璧に技が成功した訳ではなかった。が、それでもわずかに龍次の姿勢が乱れたのをホムラは見逃さなかった。


 即座に神力を手に纏わせ、龍次の右脇腹を目掛けて撃ち込み――龍次の身体にとうとう当たった。

 当てた神力の威力はさほどなく、龍次がその場に倒れ伏すような事はなかった。しかし、試練の合否を判断するには十分だった。


「そこまで」


 たつジィが手を上げて制し、ホムラの方を見て満面の笑みで頷いたのを見て、平常心でいた心がブワッと波立った。


 とうとう師匠から一本、取ったんだ!


「……当たった! っしゃあ! やった!!」


「喜ぶなァ! たわけ!!」


 高らかにガッツポーズした瞬間、上からゲンコツが勢いよくホムラの頭上にゴスっと落ちた。これまで何百回とホムラに落ちたどのゲンコツよりも重い拳だった。激しい痛みに思わず「ぅぐっ……ってぇー……!!」と芝生の上でもんどりを打つ。


「礼儀を忘るるべからず。儂はお前に何度言った?」


 凄まじい剣幕の龍次に慌てて「ご、ごめんなさい……」と頭を下げる。ここで言い訳でもしようものなら第二のゲンコツがやってくる。


「今のはお前の力を測るためわざわざ作った()だ。実戦なら如何なる時でも自身の隙を晒した時点で失格どころか骸になる。だが、一本は一本。口約束だけではなかった事は認めてやってもいい」


「師匠……」


「勘違いするんじゃあない。悪神どもはこの程度では済まんぞ。呼吸は愚か、型もぎこちない。合わせも脱力も甘い。お前が奴らと張り合うにはまだまだ修行が足りん。里帰りする時は一度くらい顔を見せろ。稽古ぐらいはつけてやる」


「へ?」


「んふふ。つまり『好きな時にいつでも修行しに来ていい』って言ってるんだよ」


 たつジィにあまりにも()()()()()()()()を入れられ、龍次が「兄者め、余計な事を言いおって……」と鬼瓦のような顔を困惑気味に歪ませる。


 てっきり修行が終われば龍次とは――師匠とはそれきりだと思っていたのだ。実際に初めて会った時に「施設に入った後は自分で何とかしろ」と言われていたのだ。

 龍次の修行は期限付きといえど生半可ではなく、常に厳しい鍛錬の日々だった。子供だからと甘くせず、容赦のない物言いや態度に何度やめてやると思っただろう。しかしそれを耐え抜いたホムラの頑張りとその成果を龍次は認めると言ったのだ。嬉しくないはずがない。それより何より、全く闘いの心得がないホムラがここまで手合わせできるようになれたのは紛れもなく龍次のお陰なのだ。


「ありがとな師匠。オレ、また修行しに来るからさ」


「フン。それまで精々這いつくばって生きろ。ホムラ」


 そうして最後には龍次と固い握手を交わした。


 俊蔵と同じぐらいの歳なのか、握った手は少し骨張っており、幾多もの細かい傷は楽ではない道を生き抜いてきた証拠だ。


 いつか師匠みたいに、すげぇ強くなれるかな。


 ホムラがただの未熟者を卒業し、自分の目標と言える師匠の――龍次の正式な弟子になった瞬間だった。




次回、【白光の焔 第45話】の更新日は【5月下旬】の予定です。

(詳しい投稿日については、作者のSNSにてお知らせします)


どうぞお楽しみに!

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