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千代五星異聞奇譚 白光の焔  作者: トヨタ理
第四章 さようなら、青葉ヶ山
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43 生きとし生ける人として

 笑花からパーティーの話が持ち上がった数日後、架美来の家の許しが案外すんなりと降り、クリスマスパーティーは予定通り22日に――冬休み直前に開かれる事となった。


「初めはね、ヨシキと私の家で毎年開いてたパーティーだったんだぁ」


 近所の公園で待ち合わせていたホムラと架美来を道案内しながら、笑花はそう懐かしそうに語った。初めは家同士仲が良かった笑花と芳樹の家で小ぢんまりと開いていたパーティーだったらしい。


「二年生の時にホムラが来てくれて、今年は架美来ちゃん。仲良しのお友達が増えて嬉しいなぁ」


 屈託のない笑花の眩しい笑顔と言葉に、ホムラも架美来も今日ばかりはお互いを指差して「こいつとは仲良くない」と反論をする気にはなれなかった。


 やがて少し小高い丘の上を登っていくと、二階建ての家が見えた。


「いらっしゃい。外、寒かったでしょ。さ、早く上がって」


 家に到着して早々、玄関から現れたのはエプロン姿の笑花の母――夕子だった。ホムラが夕子に会うのは、あの事件――魔が物が引き起こした境界の歪みに笑花が巻き込まれて以来だ。

 あの時は顔が真っ青でひどく焦燥していた夕子だったが、今はすっかり血色が戻っていた。ホムラのよく知る夕子の姿だ。


 後から笑花の父と弟(この間とうとう歩けるようになった幼児らしい)にも出迎えられ、パーティーは和やかに始まった。最初こそ「お邪魔します」と硬い表情のままだった架美来も、宮本家の温もりにすっかり馴染んだらしい。一時間もしない内に笑顔を見せる程だった。


 笑花と芳樹と自分。

 漠然と卒業までずっと三人でいると思っていた。それが今、あんなにいがみ合っていた架美来が輪の中にいる。


 正直、ホムラ自身は複雑な気分だ。お互い裏世界の事情に首を突っ込んでいる者同士、ただのクラスメイトとも仲良しとも言えない仲である。

 しかし普段の学校では見る事のない架美来の笑顔や、芳樹と笑花の楽しそうな姿を見ているとこれで良かったのかもしれないと思う。


 そう物思いに耽っている内にパーティーはさらに盛り上がっていった。

 笑花の手作りケーキや料理が盛大に振る舞われ、それからさらに芳樹が持ち込んだゲーム機で遊んだり、毎年恒例のプレゼント交換もあり――クリスマスパーティーもとい架美来の送迎会は大盛り上がりのまま終わりを迎えた。


「ホムラくん、架美来ちゃん」


 帰り際、架美来と一緒に玄関を出た所でふと呼び止められる。急ぎ足でパタパタと二人に近寄ってきたのは夕子だった。


「ありがとう。()()()、うちの笑花を見つけてくれて」


 <あの日>というのがいつの事を指すのか、ホムラも架美来も一瞬で分かった。なんで、と驚くホムラの顔を察したのか「二人のお陰で帰ってこれたんだって。それだけ、あの子から聞いてたから」と夕子が続けた。


「宮も……笑花さんが帰れたのは、笑花さん自身の頑張りです。俺達は何も」


「うん。そう、なんだけどね……」


 きっと笑花は、約束通り<それ以上の事>は言わずに黙っていてくれている。あの時一番笑花を心配していたであろう夕子にも。ならば自分達もそれ以上は何も言えない。

 夕子は二人の顔を交互に見やって、やがて何かを期待するような視線をふっと外した。


「でも、ありがとう。またいつでも遊びにきてね」


 親子そっくりの垂れ下がった目を細めたまま、夕子は薄闇の丘を下っていく二人を見送っていた。二人の姿が見えなくなるまで見守ってくれている夕子の姿に、胸がぎゅっとしめつけられたように苦しくなる。


「これで、いいんだよな」


「おばさんに嘘は言ってない」


 会話が途切れて、少しの沈黙の後に「お前、宮本に余計な事言ってないよな」と架美来が低い声で言った。


「言ってねーよ。たぶん」


「多分って、お前な……」


 腕を組んでじろりとホムラを睨んでいた架美来だったが「まぁいいよ、もう」とやかく言うのを諦めたのか、ふとその眼差しを上空の夕焼け空に移した。

 ホムラもつられて空を見上げると、暗くなり始めた冬の空には煌々と輝く孤独な北極星の光だけがただぽつんと浮かんでいる。


「明日だよな。青葉ヶ山出んの」


「そう。夕方には出てく」


「そか」


「こんな田舎さっさと出ていくつもりだったんだ。お前らのせいで長居する羽目になった」


 流れるような憎まれ口も不思議と悪い気がしなかった。言い返さず黙っていると「何か言えよ、馬鹿」とバツが悪そうに架美来が腕を小突いて、それから会話がふっと途切れた。後には丘に吹く冷たい風の音だけが、二人の間を通り抜けていくだけだった。


 明日23日は二学期の終業式でもあり、そして架美来達が青葉ヶ山を去る日でもあった。当然、定期的に見学していた深夜討伐も今日限りで終わり、今後はきっとこうして架美来に会う機会はないだろう。


「じゃあ、迎え来てるから」


 躊躇いもなくあっさり告げた架美来の視線の先には、丘の下に停車している一台の黒いバンがあった。祓師の架美来と初めて会った時に乗った、あのバンだ。


 あの時は、こんな風に話をするなんて考えもしなかった。もう二度と関わり合いになんかなりたくないとさえ思っていた。


 けれど今は――。


「凪良、またな!」


 無言で自分の前から去っていこうとする背中に叫ぶ。


 架美来は、頷く事も首を横に振る事も、振り返る事もしなかった。

 その代わり無言のまま片手をすっと挙げてバンに乗り込み、バンはそのままホムラの前から走り去っていった。


 丘の闇にすっと消えて行くバンを、ホムラはただ静かに見下ろしていた。




 パーティーから一週間後。

 冬休み開始から程なく経った頃。ほとんどの生徒は大はしゃぎしている休みでも、ホムラにとっては厳しい修行の毎日に過ぎない。


 今日も例に漏れず早朝から龍次の特訓に耐え、今は待ち望んだ昼食をとるために家に向かっている所だった。

 今日のように休校している時は一度昼間に自宅に戻ってから再び修行場に行くようにしているのだ(なにも修行場に弁当を持ち込めば良いのだが、昼食ぐらいはあの容赦のない師匠の厳しい視線から逃れて気を休めたいと言うのが本心だ)。


 朝の快晴ですっかり雪解けしている修行場の山を自転車で駆け降りていくと、坂の下から「ホムラくぅーん」と誰かがこちらに手を振って近づいてくる。


 白い作業服に軍手、頭に白いタオルを巻いた男――そこから伸びているグレー混じりの白髪と、耳の下でゆれる吉祥結びのピアスであっと気付く。


「陽満さん? なんで?」


 そう尋ねると、陽満は「市の青年会の清掃活動だよん。ほら、すごいでしょ」とにこにこしながら膨らんだ二つの白い袋を見せびらかすようにしてホムラの前に突き出した。

 たしかに袋の一方には空き缶やペットボトル、もう一方には汚れたお菓子の袋やティッシュ、チラシなどが入ったゴミがぱんぱんに入っている。


「神様がゴミ拾い?」


「もちろん。掃除だって立派な浄化よー。ホムラくんは修行かな?」


「うん。いま昼休憩中なんだ」


 すると陽満は「ふぅん」と何かを悩むように顎に手を当てて、そして「ホムラくん。今、少し話せるかな」と言った。




 陽満に連れ出された場所は、ほとんど人通りのないバス停の小屋だった。

 ホムラのために修行場からそれ程遠く離れていない所を選んだのだろう。無人のベンチに腰をかけ、陽満から「お昼ご飯の代わりに」と貰った大きい塩むすびを頬張る。

 おいしい。稽古ですっかり空っぽになってしまったお腹には最高の食べ物だ。

 無心で口に運び続けていたら一瞬で平らげてしまった。


「修行はどう? 順調?」


 二個目のおむすびに突入しかけた時、不意に陽満がそう尋ねてきた。修行から三ヶ月あまりが経とうとしているが、裏世界の座学は難解で頭に入らず、龍次直伝の武術、龍眼神流りゅがんしんりゅうの教えも元々武道の経験が全くないホムラには皆伝など程遠い。

 たつジィにも龍次にも「強くなりたい」と威勢よく宣言したのにもかかわらず、叱られ続けている現状が順調だとはお世辞にも言えないだろう。


「あんまり。師匠に怒られてばっかだし」


 素直に首を横に振ると、陽満は「うんうん、だよねぇ」と少し微笑んで、それから顔を前に向けた。その視線の先には、白く眩しい雪が積もった山々の山頂が見えた。


「僕も最初の修行はからっきしだったなぁ。ホムラ君と同じで」


「僕もって陽満さんが? 最初から神様だったんじゃないの?」


「ううん。僕も昔は()()()()()だったよ」


 ただの人間だった、という言葉が妙に引っかかる。

 陽満は以前に自分の事を<境界の神>だと名乗った時「半分人間、半分神様」だとも言っていた。しかしその一方で青葉ヶ山で小学校の教師をしている熊野の<兄>だとも聞いている。


「僕の実家が上鳴尾かみなるお神社って言うのは、もう聞いてるよね。僕はそこの長男だったけど、子供の頃は家業を継ぐつもりなんてこれっぽっちもなかった。だから通ってた高校も大学も普通の学校。就職も神職とは無縁の、普通の会社で働くつもりだったよ」


「じゃあ、どうして……」


「まあ、分かりやすく言うと<神のお告げ>ってやつかな。大学を卒業する間近、僕が次代の白山結姫シラヤマムスビヒメの神遣に選ばれた。神遣はね、神から力を授かりこの大地を神と共に護っていくお役目なんだ。当然力を授かった途端、現世の理から外れて人ではなくなる。でもお告げを破る事はこの地にとって最大の禁忌。だから黙って引き受けてくれと親に泣きながら頭下げられたら、どうしても断れなかった」


 まさか、陽満さんは神遣ってのになるために生け贄になった?


 頭に浮かんだ言葉を奥に飲み込む。

 こんな話は熊野からも、架美来からも聞いた事がない。

 普段のへらへらと笑う陽満からは想像もつかない話に、意図せず自分の顔が強張ったのが分かった。


「あはは、ごめんね。つまらない昔話が長くなった」


 陽満は表情を崩さずに笑って、気を取りなおすように話題を変えた。


「ホムラくんの力の事なんだけど、あれからいろいろウチ(SHM会)でしばらく調べてたんだ。で、君に宿ってる力の源流が分かったよ」


「源って……」


「火の天津神……迦具土神かぐつちのかみ


 陽満の口から出た名前に、龍次から習った日本神話が思い浮かんだ。


「迦具土神って、日本神話でイザナギに斬られちゃった子供だよな」


「そうそう、その通り。お勉強は順調みたいだね」


 迦具土神かぐつちのかみ――。


 国生みを行った二神、イザナギとイザナミから生まれた神だ。しかしその誕生と最期は悲哀に満ちてる。

 母であるイザナミは、出産の際に迦具土神の焔で女陰ホトを焼かれやがて死してしまい、その悲しみに暮れた父のイザナギに迦具土神の十拳剣とつかのつるぎで切り伏せられてしまうのだ。

 この話は日本から古く伝えられる有名な神話の一つだ。


 陽満はいつになく真剣な表情で頷いて話を続けた。


「迦具土神は、その血や身体から多くの神々を生んだ偉大な天津神だよ。ホムラ君が白狐ちゃんとすんなり和合ができたのも、君に宿る火神の加護が始祖神に近い力があったから。そしてさらにホムラ君を見守ってる神使は、おそらく烏天狗じゃないかな」


「烏天狗って……あっ!」


――私は主の命により、焔の子の守護を使わされている者だ

――しかしまだ真名を明かす事はできぬ。

私の事はカラスと呼ぶが良い


 以前夢の中で、ホムラはその名を聞いていた。

 襖に阻まれてその姿を見る事はできなかったが、確かにあの使いは烏と自分を名乗っていた。


「烏天狗は火の神に遣わされている事もあるから、ホムラ君の力の源はカグツチ様の可能性があるって事までは分かったけど、結局、ホムラ君の神力がどの神様から与えられたかは分からなかった」


「その迦具土神からじゃないの?」


「源っていうのは、人の家系図で例えるなら図の頂点……その家の一番古いご先祖様って感じかな。カグツチ様がご先祖様で、その神様はカグツチ様に近い子孫。けれどそれが家系図の誰なのかは分からない。

だからホムラ君に宿る力がなんなのか、そもそもホムラ君がなぜ白狐ちゃんと和合できたのか。具体的なことはまだ謎なんだ。

引き続きSHM会でも調べてみるよ。ホムラ君も何か分かったら教えてほしいな」


 普段は妹の熊野に呆れられるばかりか、だいぶ年下の架美来にもへらへらして怒鳴られているのが常である。ふざけているのか本心なのか、どこか掴みどころの無い陽満を、ホムラはまだ完全に信用できていないというのが本音だ。架美来があのような態度を取っている理由も少しは分かる。

 それでも今の話は、少なくとも全てホムラのために真剣に話をしてくれているのだと分かる。


 ホムラが静かに頷くと、陽満が「おっと、そろそろ時間だね」と徐に立ち上がり、急に真剣な表情になってホムラを見つめた。


「ホムラくん。最後に今から僕が言う事をよく覚えていてほしい。いいかな」


 いつになく真面目な声音の陽満に、思わず「う、うん……」とたじろぎながら返事をする。


「ホムラ君は今、僕と同じように神様の力を中に宿している。修行を重ねていく内にいずれ神様のように強い力を持つことになって、現世でも隠世でも頼られる存在になっていくはずだ。

でも、たとえそうなったとしてもホムラ君はホムラ君。この現世に生きる一人の人間だよ。

これから強い神様の力を持ち続けることになっても、人として生きる事をどうか諦めないでほしい」


 薄くたなびく雲に太陽が隠れ、一筋の冷たい風がホムラのほてった身体を冷やす。

 なぜ今になって陽満があんな昔話をしたのか――。


「陽満さんは後悔してるのか? 神様になったこと」


 口からこぼれたホムラの問いかけに、陽満はまっすぐホムラを見据えた。


()()、後悔してないよ」


 たった一言、はっきり告げられた答えは、地に根を張る揺るがない大樹のように、強かだった。


 陽満のようになった時、自分はそうはっきり答えられるだろうか。

 そう言えるくらい、強くなれるだろうか。



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次回、【白光の焔 第44話】の更新日は【5月中旬】の予定です。

(詳しい投稿日については、作者のSNSにてお知らせします)


どうぞお楽しみに!


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