42 初雪の朝
雪が本格的に降り出す前に何とか学校へ到着し、足早に自分の教室へと入る。雪の予報もあってか、早朝にもかかわらず教室内にはすでに数人の生徒が自席に座っていた。その中にはやはり架美来の姿もある。
今日も相変わらず読書に耽っているらしいが、手に持っている本はいつも読んでいるような小難しい文庫本ではなかった。
カバーフィルムが丁寧に貼られた本の表紙には「翔けよブルー!」という手書き文字のタイトルと、青いドラゴンに颯爽と乗る少女のイラストがレイアウトされている。つい昨日、笑花が図書室で「これ、面白かったよぉ」と架美来に薦めていた小説と同じものだ。
「おっす」
「ん」
お互い目を合わす事はなく挨拶のようなものを交わす。三ヶ月の付き合いの中で二人の間にはそんな習慣が自然にできていた。
ホムラが裏の世界に飛び込むと決めた週明けの朝、ホムラは架美来に事の顛末を話した。
きっと世界中のありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられるんだろう。
そう覚悟していたホムラだったのだが、架美来はただ一言「本物の大馬鹿者だよ、お前」と貶すだけだった。
それからと言うもの、たまに喧嘩スレスレの言い合いをする事はあっても以前のような鋭い棘を孕んだ言葉を架美来から言われるような事はほとんどなくなった。
とやかく言う事を諦めたのか、それともホムラと白狐を受け入れようとしてくれているのか。架美来がどんな思いでいるか定かではないが、いずれにせよホムラが裏世界に踏み入る事は許されたのだろう。
「こないだのヤツ、やんの?」
「予定通り。白狐は?」
「行くってよ。十二時集合?」
「そうだな、そんぐらいで。遅れんなよ」
「分かってるって」
二人の会話が途切れたちょうどその時、「おはよぉ〜」と言うのんびりした挨拶と共に笑花と芳樹がぞろぞろと入ってきた。笑花はボンボンの飾りが付いた白いポンチョ風のコート、芳樹も青い厚手のダウンコートという出立ちで、二人の肩や頭には細雪がうっすらと乗っている。
「おはよぉー」
「うぃーっす。お前ら雪でもはえーのかよ」
近付いてきた笑花と芳樹にホムラが「うっす」と軽く挨拶する横で、少し遅れて架美来が「……おはよう」と小さく呟くように言った。
挨拶を交わすようになってそれなりに経つはずだが、未だに気恥ずかしいらしい。その顔は僅かに赤らんでいる。
「あ〜! その本、読んでくれてるんだぁ」
「たまたま、本が無くて暇だったから」
その返事でより一層笑顔に輝きが増す笑花に対し、架美来は立つ瀬がないと言わんばかりにわざとらしく目線を横に流す。
素直じゃねーよなぁ。
見栄っ張りな態度に心の中で呆れ返る。
昨日薦められた本を一日経たない内に読んでいるのだ。本音じゃない事ぐらいホムラでも分かる。否、素直に物を言えない似たもの同士だからこそシンパシーを感じるのか。
しかしその程度の見栄など意味をなさないのが笑花なのである。
「えへへ、ありがとねぇ。架美来ちゃん」
あまりにも素直で真っ直ぐな感謝にあからさまに架美来がたじろいで頬を赤らめる。青葉ヶ山にやって来た当初、常に冷めた態度を取っていた架美来でさえ三ヶ月でこうなるのだ。自分も例に漏れず、笑花にはどんな人間にも好かれる能力でもあるのかもしれない。
「そうだ。みんなにね、ちょっと相談があるの」
「相談? めずらしいじゃん」
あまり聞いたことのない笑花からの相談事にホムラが素直にそう言うと、笑花は芳樹と少し顔を見合わせて、ホムラとそれから架美来を順に見た。
「架美来ちゃん、二学期が終わっちゃったらすぐお別れでしょ? だからその前に私のおうちで<ありがとう会>したいんだぁ」
つい先日、熊野から六年生全員に「架美来の交流生としての期限が二学期いっぱいまで」と周知があった。表向きは保護者の仕事の都合とされているが、実際のところは青葉ヶ山から請け負っていた防人の仕事が一段落するのだと、ホムラはすでに架美来から聞かされている。
白狐が言うのは陽満の協力で青葉ヶ山の結界を強化した後、ほぼ毎晩起こっていた悪鬼の出没がここ一ヶ月でようやく落ち着いたらしい。そのお陰なのか架美来の此処での防人業も一旦引き上げとなり、年末に最後の仕事納めを終えたら三学期が始まる前に青葉ヶ山の別荘から実家へ――即ち元々通っていた本校の五星地区へ戻るのだと言う。
つまり二学期の終業式まで残り数日に迫った今は、三ヶ月に及んだ架美来の青葉ヶ山での生活も残り数日という事になる。
「みんなでケーキ食べたり、ゲームしたり、あとはプレゼント交換したりするんだよぉ」
「ま、よーするにクリパ三人でやんね? ってハナシ」
「クリパ……?」
本気で意味が分かっていなさそうな架美来に横でぼそっと「クリスマスパーティー」とホムラが助け舟を出す。それでも訝しげな表情のままの架美来を見るに、あまりこういった行事に馴染みがないのだろう。
「毎年オレんちか笑花んちに三人で集まってたんだけどよ、今年は凪良呼ぼうぜってハナシしててよ。ま、こないだの発表会の賞、ぶっちゃけほぼ凪良のお陰だし」
たしかに発表会の賞については芳樹の言う通りだった。
悪鬼の襲撃以降は目立ったトラブルもなく、自然の流れで架美来が主導に立って調べ物から発表の準備を行った結果、四人の班は見事に最優秀賞をもぎ取ったのである。
その手腕はあの一匹狼特有の尖った態度からは想像がつかないぐらいで、何かと張り合っているホムラも、架美来とはあまり親交のないクラスメイト達も架美来の功績を認めざるを得ないぐらいだった。
「架美来ちゃんとね、みんなで遊びたいの。ねっ、お願い」
手を合わせる笑花に架美来はさらにたじろいだ。いつもはイエスかノーかすっぱり即答する架美来だが、珍しくどう答えて良いものか迷っているらしい。
「笑花、それ日付いつ?」
「んーとね、今のところ22日。おかあさんもおとうさんもその日だったらいいよって」
22日は今週の日曜――ホムラが架美来の仕事に付き添うようになって以来、日曜昼間の出動は一回もなかったはずだ。それにこの日はちょうどホムラの修行も休みだと決まっている。
しかし架美来は難しい顔をして答えあぐねていた。用事があるというよりも行く事自体躊躇っているのだろう。
「来いよ凪良。昼間なら空いてんだろ」
「お前な、そんな簡単に……」
「もうしばらく笑花達に会えねーんだぞ」
念押しでそうホムラが付け加えると、架美来はようやく観念したように「……分かった。家に聞いてみる」と返事をした。
「わぁー、ありがとぉー! 今年はもっともっと楽しくなるねぇ」
「言っとくけど、しご……家の手伝い優先だから。確定じゃないからな」
そう妙に念押しする架美来だが、よっぽどの緊急事態でもなければ「うん、うん。いいよぉ」ときゃっきゃとはしゃぐ笑花の姿を無下にはしないだろう。三ヶ月間の笑花との仲の深まりようを見ていれば誰でもそう予想ができる。
「前から思ってたんだけどよぉ、お前らすっげぇ仲良いよなー」
「「あぁっ!?」」
芳樹の突拍子もない問いにホムラと架美来の驚いた声が重なった。
「なに言ってんだよヨッちゃん! どこ見てそう思うんだよ?!」
「こいつと仲良しなんて冗談じゃない!」
口々に出る非難の嵐も「じゃあなんで凪良の予定をホムラが知ってんの?」という素朴な疑問の前に黙らざるを得なかった。こう見えて芳樹は存外に鋭いのだ。
しかし裏の事情などここで大っぴらに言えるはずもない。
動揺の最中でうまい言葉が思い浮かばず、ホムラも架美来も言い出せずにいると笑花がハッと口を当てて、おずおずと言った。
「も、もしかして……そういうカンケイ、とか」
「「ちがう!!」」
見事なほどに揃った否定の言葉に、芳樹が呑気に「うわぁ、息ぴったり」と嘆息を漏らした。
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次回、【白光の焔 第43話】の更新日は【5月上旬】の予定です。
(詳しい投稿日については、作者のSNSにてお知らせします)
どうぞお楽しみに!
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