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千代五星異聞奇譚 白光の焔  作者: トヨタ理
第四章 さようなら、青葉ヶ山
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41 修行の日々

「いってぇーッ!!」


「こんなモン序の口じゃあ! キビキビ立てぇい! 軟弱者!」


 <目に見えない衝撃波>を避けられず派手に地面に転がったホムラを、藍色の作務衣を着た老人が怒鳴りつけた。


「どうしたァ? お前の耳は節穴か? 立てといっておる!」


 バシン、バシンと木刀で乱暴に地面を叩きながらがなる老人に急かされ、まだ衝撃でぐらぐらする身体を何とか起こす。


 なんでオレ、こんな事してんだ?


 転倒してできた肘の擦り傷の痛みに辟易しながら、ホムラはふとこれまでの事を思い返した。




 遡ること三ヶ月前、ホムラと白狐が防人の養成施設<千代職人養成施設>への入所を決意した一週間後――。

 俊蔵には熊野を介して()()()()()()()()()(表面上は国の伝統の業を身につける職人養成施設となっている)がなされ、入所への準備を着々と進めていた放課後の事だった。


「ホムラくん、修行の場所が決まったよ」


 たつジィにそう告げられたホムラは、あれよあれよと言う間に軽トラックに乗せられたのだった。

 白狐沼とは逆方向の山中をしばらく走り、トラックが辿り着いたのはとある山奥の古民家だった。


 架美来の別荘ほどではないが荘厳な瓦屋根の門が立ちそびえ、きちんと植栽された低木や景石が打たれた立派な日本庭園が広がっている。道中で民家をほとんどみかけなかったここは、屋敷というより人里から離れる為の隠れ家といったような場所に思えた。


龍次たつじ、来たよ」


 玄関扉からたつジィがそう呼びかけると、やがて一人の老人が姿を現した。


 まるで社会の教科書で見た歌舞伎の浮世絵のように見事に曲がったへの字の口。肩甲骨あたりまで伸びた白髪と妙に長い口髭のその老人は、たつジィと瓜二つの顔立ちではあったが、いかにもといった頑固者の風貌をしていた。


「久々に顔を見せたと思ったらまた厄介モンか。兄者」


 まるで木から落ちてきた毛虫を見るように鬱陶しそうな目つきでホムラを一瞥する老人に、たつジィが「まあまあ、龍次。家族のよしみで話だけでも聞いてくれないかな。龍次だけが頼りなんだ」と剣呑とした口調で答えた。性格こそ違えど瓜二つな顔立ちの二人は、きっと血の繋がった兄弟なのだろう。


「兄者はいつもそうだ。其方で対処できない面倒をすぐ儂に押し付けよる」


 そうブツブツと文句を垂れながらも白髭の老人――龍次はホムラ達を家中の奥座敷へと案内した。


 白檀びゃくだんの御香の香りが漂う奥座敷からは、入り口から見えた小さな庭園が襖いっぱいに一望できた。几帳面に飾られた盆栽、筧からつくばいへと流れる清らかな水の音――いかにこの家主がこだわりを持ってこの小さな箱庭を作り上げたのかが分かる。


 緑茶の入った湯呑みを丁寧に二人の前へ差し出し「して一体其奴は何者なんだ、兄者」と不愉快そうに眉を潜ませた。


「朝山ホムラくん。勤め先(青葉ヶ山分校)の生徒さんだ」


「そんな事は聞いとらん。その阿呆みたいに垂れ流している神力、普通の子供が持てる筈がない。其奴は一体()()()()()()()()()


「んふふ、さすが龍次。君には分かるみたいだね」


 表情を変えずににこにこと笑うたつジィに、龍次は吸い込んだ空気を全て吐き出すでかい溜息を吐いて「話をしてみろ、小僧」と、とうとう観念したと言う風にホムラへと目を向けた。


 龍次とは初めて会ったばかりだが、今のホムラには直ぐに勘付いた。


 この老人は、強い。


 陽満の覇気にも劣らない程強力で、しかしそれとはまた別種の気が肌に突き刺さる。


「安心していいよ、ホムラくん。龍次は僕達のことも、裏の事も知っている」


 たつジィが頷くのを見て、ホムラは「オレ、悪鬼に襲われて白狐と……白狐沼のお狐様と和合したんだ」と口を開いた。


「白狐沼? まさか青葉ヶ山の九尾白狐か? あの神獣が何故人間と和合など……」


 和合という言葉に驚愕の表情で目を見開いた龍次に、ホムラは首を縦に振って、たつジィの時と同じように初めて白狐に会った時のことから学校での悪鬼の死闘、そして施設への入所を決断するまでに至る迄に起こった事を全て話した。


 龍次はその間、頷きもせず相槌も打たず、しかめ面のまま黙って聞いていたばかりだったが、話を聞き終えるや否や「兄者め、特級の厄介モンを連れてきおったか……」とこめかみに指で触りながら唸った。


「僕も管轄の施設にあたれるだけあたったんだ。けれども全部断られてしまってね。龍次だけが頼みの綱なんだ」


「そうだろうよ。こんな小僧、生半可な施設じゃ危なっかしすぎて受け入れなどできん」


 腑に落ちたような、はたまた酷く呆れたような長い嘆息の後、龍次はその刃のごとく鋭い目つきをホムラに向けた。龍次の突き刺すような視線に思わず体がぶるりと縮み上がる。


「いいか小僧。兄者の頼みで話は聞いてやったが、儂は何処の馬の骨ともしれん者を受け入れる暇などない。そもそもお前のような後先を考えない猪は最初の威勢だけはいいが、修行に耐えられずに堕ちるのだ」


 容赦なく突きつけられた正論にぐうの音も出なかった。これまでの数々の行動を猪と言われても仕方がない。


「そうやって逃げた奴の哀れな末路を儂は何人も見てきた。止めるなら今の内だぞ、小僧」


「オレはぜってぇー逃げない!」


 固く結んでいた口がとうとう耐えきれずに威勢よく叫ぶ。


「オレは、強くなりたい。だから五星に行くって決めたんだ!」


「口先だけなら何とでも言える。そもそもお前は何の為にその強さを欲する? 力を得たところでお前に何ができる?」


 眉ひとつ動かさず冷静に問う龍次の声に熱くなりかけた頭がすっと冷える。


 今までみたいにカッとなったらダメだ。


 少し息を吸って、吐いて、正面からきちんと龍次に向き合う。容赦のない鋭い眼光を向ける瞳は、厳かながら真剣にホムラの次の言葉を待っているようにも見えた。


「オレは、弱い。和合しなきゃ……白狐に守ってもらわないと何もできない。そうじゃなくて、オレはオレが強くなりたい。強くなれたら自分のことを自分で守れる。もっと強くなったら青葉ヶ山も、じーちゃんもみんなも、白狐だって守れるようになれる。だからここで強くなれるなら、お願いします。修行、させて下さい」


 龍次に向かって深々と頭を下げる。

 長くも短くも感じられる時間ずっとそうしていると、長い嘆息のあとに「もういい、さっさと顔を上げろ」と観念したような龍次の声が上から降ってきた。


「小僧、名前は何と言った?」


「ホムラ。朝山ホムラ」


ホムラ、か。名は体を表すとはよく言ったものよ」


「え?」


「いいか、ホムラ。これから儂は徹底的にお前を鍛え上げる。だがどんなに修行を重ねたとて短期間で周りの人間を守れる力はつかん。だから半年でお前自身が自分の尻拭いぐらいはできるようにしてやる。その後の事は施設とやらに入って自分でどうにかしろ」


「じゃあ……!」


「んふふ、修行を引き受けてくれるって事だね」


「だがお前が一度でも修行を放棄するなら金輪際面倒はみない。よいな」


うん、うんと安堵の表情でたつジィからわざとらしく顔を背けて突っぱねる龍次に、ホムラは覚悟を決めて頷いた。




 こうして卒業までの半年間、ホムラの厳しい鍛錬は始まった。


 平日は早朝と学校終わりの放課後。日曜を除く土休日は朝から晩まで一日中。片道自転車で二十分以上はかかる修行場にほとんど毎日通って指導を受けに通う。

 

 朝の滝行に始まり、走り込みや腕立て伏せといったごく一般的な基礎体力づくりから、日本の神々の神話や境界や隠世、妖怪、防人についてなど裏世界を渡る為の基本的な知識や歴史などを学ぶ座学、それから神力の扱いや最低限の武術など、そのようなあらゆるものを毎日習得せざるを得ない日々が続いた。


 厳しい修行に身体が何度も悲鳴を上げ、最初の一ヶ月は家に帰るなり倒れるように眠ったものだが、元来身体が丈夫らしく負けず嫌いのホムラは幸か不幸か今日まで休まず龍次の修行になんとか喰らい付いていた。

 しかしその成果がすぐに実を結ぶ訳でもなく、先程も早朝恒例の龍次との手合わせをしていたが結局手も足も出ず謎の波動にやられっぱなしのまま登校時間を迎えたのであった。


「今日は終いだ。支度が済んだらさっさと学校へ行け、小僧」


 朝の修行が終わるなりしっしと手で払いのけられながら龍次に追い出され、ホムラは修行場から足早に出る羽目になった。


「足いてぇー! くそっ、次はぜってぇ一本取ってやる!」


 龍次の態度にも、未だに龍次から一本も取れない悔しさにムカつきが治らず大声で叫びながら学校までの山道を自転車で登っていると、ふと冷たい何かが額にはらりと落ちてきた。

 ふと自転車を停めて空を見上げてみると、頭上のぶ厚い雲からたくさんの白い粉雪が一つ、また一つと地上に舞い降りている。


「雪だ」


 手のひらに落ちた雪が、じわりと溶けてやがて消えていく。


 季節は冬。


 青葉ヶ山がだんだんと白く染まり始めていく中、ホムラがここを去る時が刻々と近付いていた。



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次回、【白光の焔 第42話】の更新日は【4月中旬】の予定です。

(詳しい投稿日については、作者のSNSにてお知らせします)


どうぞお楽しみに!


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