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4. 嫁が可愛い

■ここまでのあらすじ


 国一つ滅ぼした侵略軍が執り行った儀式で召喚された邪神は捧げられた生贄をぺろんちょと食い逃げしてとっとと帰り、身代わりとして僕を産み捨てた。僕は僕で未開の地で好き勝手して過ごす事に決め、現住蛮族から完璧に合法的な手段で嫁を貰って眷属たるスライムにした。

 ああ、可愛いよ僕の娘! 沈む太陽を透かしたような艶のある橙色。至高にして唯一無二のもっちり触感。膝に乗せて撫でているだけで絶頂しそうだ。君が世界で一番可愛いよ、僕が邪神にかけて保障する。僕は絶対に嫁を手放さないからな!! ……と言う話だ。解ってくれたかい。え、前話まではシリアスだった? 知らんなあ。

 初夜を迎えて以来、僕は完全に嫁に参っていた。


 聞いてくれよ、脳をはちきれさせそうな幸福感が四六時中だだ漏れで本当に気が狂いそうだ。新婚当初の一ヶ月なんて完全にまともな思考をしていなかったと思う。傍目には皮を被って蛮族に化けていても狂っていたらしく、遠巻きの視線が痛々しいものから目を逸らす感じになっているのは解る。だが知った事か、嫁が可愛い! 僕はもっとじっとりとした暗くて湿った過ごし易い洞窟のような人格だったはずだが、と疑問に思わなくもないが今は陽気も陽気な新婚ほやほやで頭の()だった若旦那だ。


 僕の娘にして嫁、可愛い。すごく可愛い。もうずっと全身を(あまね)く撫で回し、(かしず)いて足元から頭頂部まで夕陽を透かしたような紅玉(ルビー)よりも尊い恵体(けいたい)を朝から晩までと言わず何年でも何十年でも見つめていたい。そっと触れれば恋人めいて慎ましく触れ返し、大胆に触れれば熟れたスライムの香り漂う触手を伸ばして僕を包み込んでくれる完璧な嫁だ。何度でも繰り返すぞ、嫁が可愛い。世界で一番可愛いのは僕の嫁だ。邪神の神子(みこ)たる僕の全存在にかけて君が可愛いと保障する。つまり僕の嫁は絶対に可愛い。解るな? 解らない奴には僕の嫁をちらりとでも垣間見る栄誉を与えるべきではない。


 僕のものだ、分裂したとしてもどんな小片までも僕の娘であり僕の嫁だ。

 まさかこの世に一体しかいない眷属が僕をこんなにも参らせるとは……。小鳥を堕とす前には想像もできなかった事態だ。ちょっとでも気を抜くと「嫁が可愛い」以外の思考が全て溶け崩れて僕をぐずぐずに腐らせる。惜しむらくは僕が嫁と体組織を癒着させると嫁が僕に吸い取られ、同化圧力がより強い僕に嫁が喰われる事だ。逆だったなら僕はとっくに大喜びで命を与えて嫁と共に生きていたと思う。これは比喩表現ではないぞ。僕がまだ邪神に創られたままの形をしているのは嫁がまだ小さく愛らしく慎ましいから、つまりは嫁が可愛いからだ。




 外界との接触は皮の国に戦争などの面倒事が起こると不味いので時折嫁と戯れる手を止め、生活用品や食糧品の搬入を行わせつつ屋敷の使用人と話す程度だ。


「また七日か十日したら奥から出ては来るので諸君は勤めを続けるように。以上」

「旦那様、お考え直し下さい! 今のような不摂生を続けられたら旦那様はまだしも」


 皮の屋敷を采配する執事が匂わせた失言の気配に僕は一言割り込む。


「嫁」

「愛……ハイ」


 割り込まれた中年の執事がぼそぼそと訂正し言葉を継ぐ。何度言っても愛妾だの愛人と言いやがるのでいい加減に殺そうかとは思っている。僕が僕の嫁とどれほど愛し合っているか蛮族に見せ付けたら発狂しそうだからと遮断してやっている優しさも理解して欲しいね! 僕は嫁のお陰でえらく寛大な気持ちになっている。可愛い娘と初夜を迎えるまではこなしていた蛮族の貴族としての付き合いの類はすっぱり止めている事も執事としては不安だろう。だが僕の最優先事項は嫁を満たしてやる事だ。


細君(さいくん)のお体が持たないのでは……」

下種(ゲス)な心配は要らぬ。僕は彼女を抱き潰したりしない。大切に、それはもう大切に愛している。彼女の恵体(けいたい)は完全な健康体だ。三日三晩愛し合っても疲れ一つ見せない素晴らしい女性だ。何者を持ってしても彼女とは代替が効かない。もう本当に可愛い、愛してる」


 なんだって僕は蛮族の中年を相手に嫁に注ぐべき愛の言葉を漏らしているのか、とは僕自身思うがとにかく嫁が可愛いし大正義で最愛なのだ。


「……まあいい。もう一ヶ月か二ヶ月もしたら」


 熱に浮かされるままに口にする蛮族語は実際、粗野で乱雑だ。僕が本来備えていた品性の類は行方不明になって久しい。


「先に申し付けた通りにするからな。これ以上は聞かぬ!」

「旦那様、そればっかりは本当にお考え直し下さい!」


 いい加減に被っている皮を脱ぎたくなり、僕は会話を打ち切って屋敷の中に設けた閉鎖領域へ踏み込んだ。僕自ら変質と防護を重ねに重ねて造り上げた閉鎖領域には宮廷魔術師団が総員で攻めて来ようが、騎士団が全軍で来ようが、使徒に率いられた異教徒の部隊だろうとも防ぐ自信がある。王宮に君臨する神自身が来たら不味いなとは思うし、屋敷の者には知らせず国外脱出の準備を進めているのも神が強過ぎるせいだ。


 まあ、まだ時間はある。顔面に貼り付けていた皮の顔を模した宝珠(オーブ)を外し、僕本来の姿形に戻る。嫁に顔を合わせる前に身支度を整えるべく鏡の前に立った。

 邪神に施された造形はこの種族のものとして美しい部類のはずだ。長い銀髪を伸ばした男は緑色の瞳を熱っぽく浮かせ、大きく見開かれた瞳がキラキラと陽気に輝いている。……うん、まあ、僕だよ。僕。こんな顔だったかとも思うけど僕だわ。瞳の輝きに違和感しかないが僕だ。嫁に飢え、嫁に満たされてはいるがまだ飽き足らない男の瞳は異様に陽気そうに見えた。

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