表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/18

3. 捧げられた娘

 帰国してみれば貴族階級はやれ戦勝会だ夜会だと奢侈(しゃし)に耽り、略奪品の分配に忙しい。僕は皮を被って適当に参加し、素知らぬ顔で取り分を確保した。元々は僕の被る皮の戦功で、僕が国の為に何かした訳ではない。個人的には全く苦戦しなかったが、生前の皮は戦争にだけは強い乱暴者だった。


 略奪後に占領する予定だった都市が思いがけず大火で焼かれた為、領土としての魅力は随分と減ったそうな。まあ、放火した当人としてはそうだろうねとしか思わない。聖職者階級は「我らが神の裁きが不敬の民に下った」だの「呪われた民に呼び出された悪魔の仕業」だと益体もない議論をしているのだそうな。神の裁き説が7:3で優勢と聞いた。全く、馬鹿馬鹿しい。蛮族の相手をするよりも屋敷で小鳥を啼かせる方が愉しい。


「旦那様、本当に我々があの方をお世話せずともよろしいのですか。せめてお食事の配膳とお部屋の清掃だけでもお命じ下さい」

「くどい。戦争奴隷の生死など案じるな。不在中、奥には誰も入れるな。彼女が奥から出て来る事もない。僕の愉しみを邪魔立てするなら容赦せぬ。彼女を見た者は眼球を抉り出し、彼女に指一本でも触れた者は首を落とすと通達を再度徹底せよ。処罰は僕自ら執り行う」


 皮が残忍さで知られた暴君で良かったと思う。戦争奴隷を幽閉し外へ一歩も出さずとも、屋敷には命令を守る手下がいる。無論たっぷりと脅し付け、魔術的な防護の存在を確信させた上での事だ。覗き見を試みた使用人は片目と片手を失って逃げた。



 邪神に創られたままの姿を晒した僕は甘い笑みを顔に貼り付ける。屋敷の使用人の接触を執事から雑役夫に至るまで一切拒み、窓を完全に封じ、敵対的な占術を防ぐ結界を張り巡らせた寝室に濡れた鈴の音が響く。口にするのは耳障りな蛮族語ではなく、邪神がただ一言を僕に語りかけた神聖な言語だ。


「あっ、あっ」

「君の声は実に可愛らしい。もっと聞かせておくれ」


 もうじき変容を迎える小鳥を抱き込み、愛を囁きながら僕の波長と魔力を注ぎ込む。

 充分な時間を費やして異界の邪神に創られた僕の固有波長を刷り込んで馴染ませ、土着の蛮族を根底から染め替えるのだ。土着蛮族の手で生産された雑多な食物を断ち、僕が創り出す食物と飲物だけを厳選して与えたのも必要な工程だ。

 契約を交わし、受け容れる心構えのあった肉体と精神の経過は順調だ。意味のある蛮族語は既に二日前から発さなくなっている。今晩か遅くとも明晩には、と思えば高揚し(はや)る心を抑えるのに難儀する。


 僕は嘘など何一つ言っていない。今日までに十夜を費やした儀式は貰い受けた娘を僕の正妻にする工程だ。

 不当に穢された肉体を持ち、血族の積極的な同意により売り渡された雌。素材としては申し分ない。僕の主観としてはきちんと説明したし、契約を強制した訳でもない。現に捧げられた娘に対するこんなにも深い愛情を有している。既に蛮族としての記憶の過半を喪失した精神に魔力回路を惜しみなく刻み付ける。僕の妻として相応しくなるように。親和を迎えた後、僕の力となるように。


「澄んで透き通るまで(おり)を全て清めてやる。もうじきだろう」


 理想とする姿形を明確に思い描き、残留する蛮族の性質を洗い清める。剥離させた汚れを押し流すようにして魔力を操縦する。洗濯でもしている気分になるのは市民気質の名残だろうか。

 僕は現住蛮族に対して欲情しない。同族かせめて眷属でなければ無理だろうと直感的に感じている。そして僕の力で蛮族から同族へと変えるのは力不足。よりよい素材を元にすれば可能かもしれないが、邪神がやって見せたようにはいかない。僕が僕と同格の存在を産み出そうとすれば五千の贄でも到底足りるまい。たった一つの命を生み出す原資としてはあまりにも過大だ。


 僕に捧げられた命だ。僕が貪る正当な権利を持つ、僕の娘。僕が庇護を与えるべき、僕の娘。父が娘を捧げ、娘も同意したので僕が妻として受け取った。何も問題はない。異議を差し挟める神はいなかろう。

 もし善神の類が健在で親子を守護していたならば、娘が命だけは保って戦争奴隷として放たれると確定した時点で介入し、僕との契約は満願に達したとするよう入れ知恵してやるべきだった。父は僕に喰われるものの、娘は毒牙を免れたろう。そんな不愉快な横槍を入れて来る手合いはいなかった結果、こうして小鳥と戯れ牙から毒液を注ぎ入れている。盛んに啼き、ぴくぴくと震えて跳ねる小鳥を抱く僕は自由を謳歌している。


「いいね……仕上げるとしよう」


 銀の鶏卵大の宝珠(オーブ)を握り、小鳥の額から力を注ぐ圧力を高める。己の高揚を煽るべく言葉を口にすると同時に、死なせないよう細心の注意を払う。儀式に失敗すれば小鳥は落命する。失敗する気はないが慢心もしない。


「ちんちくりんで薄汚れた醜い蛮族の肉体など今晩限りで捨て去らせてやる。僕の愛を注ぐのに相応しい器へ造り替えよう。

 僕はね、君も捨てられた子だと思えば愛おしくてたまらない。僕は君ならば愛してやれる。君は穢れた血肉を脱ぎ捨て、僕の伴侶として相応しい姿に脱皮する。想像してごらん、僕が君に刻み付けた僕の理想を受け容れろ。僕は君を慈しみ、愛してやる」


 皮膚がぐずりと泡立つ様が飽和を告げ、蛮族の血肉が溶け出す。


「僕に(すが)れ。見放しはしない。そのまま(おぼ)れればいい、僕が(すく)い上げてやる」


 安堵させ、足を踏み外させる。板張りの上で寝かせていた底深い奈落へ。

 再誕する歓喜に小鳥の全身が震え、決壊した理性と共に肉も骨も一切合財が溶け崩れる。間髪入れず小鳥だったものの塊へ右手に握る宝珠(オーブ)を突き入れ、捏ねるように固有波長と魔力を練り合わせる。塊は徐々に雑多な色を失い、艶を帯びて澄み渡る。


「小麦粉を水と塩で練るのとそう変わらないよ」


 強がりもいい所の大嘘である。もっと繊細な変成だ。しかし娘に理解させるには最も手っ取り早い表現でもある。大胆に練り、まとめ、過大な消耗に僕自身の肉体が軋む苦痛には奥歯を食い縛って耐える。全ては堕落を乗り越えさせる工程だ。今宵注いだ魔力が娘に分け与える魔力の総量を決する。惜しむつもりはなかった。



 果たして我が娘は飽和を迎え、堕落を乗り越えて再誕した。ようやく堕とした実感から昏い歓喜が腹の奥底に生じ、腰から背を伝って脳へと駆け上がった。この上ない充足感だ。

 くたりと寝台の上で丸く人間大の一塊(ひとかたまり)になった娘に「よくできた」「愛している」「今夜が初夜だね」と囁く。予定よりも大きく消耗はしたものの、僕は娘を眷属に造り変えた。混じり気のない澄んだ橙の恵体(けいたい)は素材となった小鳥の瞳に似ている。


 そうとも。僕の邪神はスライム上がりで、僕は邪神直々に産み落とされた現住蛮族との混血めいた人間型使徒。眷属は邪神と同じくスライムだ。ウーズやプディングと呼ばれる事もあるね。僕に嫁いだからにはスライムになって貰う。


 独り産み落とされた世界で僕が初めて産んだ娘は心の底から愛おしい。なんて美しいんだろう! 激情にそうせよと命じられるまま、妻の前へ疲れ切った身を投げ出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ