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5-1. 親友

 訪問者は規律神ノモスケファーラに聖別された真正の使徒だ。バシレイア神国に神君ノモスとして君臨する王は神の分霊(アバター)として同一視される。奉られる土着神が直々に親政を敷く神国において聖騎士に与えられる権限は強大であり、聖騎士にして使徒ともなればあらゆる場面で神君の代理人と看做される強権を持つ。

 輝くような金の髪に薄い青の瞳と恵まれた体躯を有する男は今、屋敷の通常空間と閉鎖領域を隔てる境界線上に立っている。脱いだ兜を左手に抱え、刻み込まれた聖句で祝福された板金鎧を着用する聖騎士の表情は至って険しい。


 可能な限り敵に回すべきではない個体に突如として屋敷を訪問され、僕は可愛い嫁の豊満な巨体にむっちりみっちりと抱き込まれたまま対応を悩んでいた。聖騎士は僕が外界で被っている皮こと屋敷の住人の親友だ。嫁が可愛い、もっと深く抱かれて癒着したいとまともな思考をしようとしない脳を必死に押し込めて迫る現実へ向ける。


 色惚けしたまま対応していい相手ではない。何しろ皮の国を支配する土着神の恩寵を手厚く受ける使徒だ。僕が異界の邪神の使徒だとしても迂闊に戦いたくはない。

 皮の知識がいかに聖騎士が危険な相手か警鐘を鳴らす。それはもうゴリッゴリの武断派であり、戦争を好む神君の忠実な臣下として督戦隊だの懲罰隊ばかり好んで率いている。皮の国の中では個人的にお友達になりたくない男ランキングの上位二十位から二位までを単独で独占できる男だ。しかし僕がどう避けようとも皮の親友だったと言う過去は覆せない。

 先の戦役では懲罰隊を率いる指揮官だった。間違っても暇人ではなく、個人行動などまず有り得ない。常に政務を抱え、神事と政治の両面で激務をこなしているはずの個体だ。被っている皮の名前すら滅多に意識しない僕が蛮族の個人名を記憶している程には危険人物だ、と言えば重要性が伝わるだろうか。ああ、嫁と戯れていたいのによりによって使徒とは。


 むにっとむにゅっの中間めいた嫁のもっちりとして密度と重量感のある素肌を撫で回し続けたいと主張する手を名残惜しいとは思いつつ止め、寝そべっていた愛しい妻から全身を引き剥がす。ダメだ寂しい、やっぱり抱こうと肥大化した澄んだ橙の恵体(けいたい)へ戻ろうとすれば翻った太い触手にぴしゃりと手を叩かれた。嫁の方がよほど冷静な有様だ。いい妻だよ、本当に可愛い。愛している。痛みと共に愛を感じた。どうせなら頬を平手打ちし、背も鞭打って欲しい。後でねだろう。


「可愛い娘を放り出して暴力神の使徒の相手なんてしたくないよ」


 我ながら情けない声音で反抗すれば、寝台として包み込むように僕を抱いてくれていた嫁がその場で縦に伸び上がり、触手を部屋中に長く伸ばして衣服を引っ張り出して来る。ああ、本当にできた嫁だ。なんて家庭的で献身的なんだ、とても可愛いよ。手際よく僕に皮用の服を着せ始めたのに逆らわず、僕は愛しい妻の着せ変え人形に甘んじる。そうだ、何をするにもまずは皮を被らないとな。僕本来の肉体に筋肉と脂肪を盛り付け、顔を宝珠(オーブ)で作った皮の顔を模した仮面で覆えば髪を含めて擬態する。

 僕の擬態は物理的に傷付けられても崩れはしない。今日に至るまで皮を被っていると見破られた事はない。しかし……映像を見る限りではどうも全力で殴られそうだな。握り締める拳の力の入り方が尋常でない。肩も怒りに震えている。素直に会ったら僕は頭カチ割られるんじゃないのか?


「レディゲネードか」


 声帯を造り変えて皮の声を出すようにした喉でその名を呟く。被る皮の数少ない友人、それも親友を迎える声音を僕はきちんと発せるだろうか。可愛い嫁に甘える声ばかり出して暮らしていたので少々自信がない。何より、聖騎士の前で嫁が可愛いと口走らない確信がない。気が緩んだら嫁自慢を垂れ流しそうだ。

 直接会いたくはない。何しろ相手は皮の国を支配する神の使徒であり、一番のお気に入りと来ている。何を切っ掛けにして僕が親友を殺して成り代わっていると気付くか知れたものではない。戦いになる可能性は高い。戦わずに済む可能性はある、と考えている理由は側近と執事と侍従の三人が制止するのを聞き入れて閉鎖領域の前に立っている点だ。


 鏡の前に立ち、皮を被った僕の姿を今一度検める。蛮族の将校。貴族としては脛齧(すねかじ)りの三男だが、戦争屋としての武力と魔力を備えた残忍な男。平時は親の金で暮らしており無官。聖騎士の方が地位は上だが、私的に会うなら互いに敬称は付けまい。鏡に映る橙の触手の群れが愛おしい。ああ、こうして見ると随分大きくなれるようになったね。嫁は可愛い、後でたっぷりと愛でる。僕は表立って武装こそしていないが、護符の類を最愛の嫁が持たせてくれている。まずは玄関越しに挨拶しよう。


「やあ、レディゲネード」

「クディルファ。貴様……本当に生きているのだろうな」


 音声のみを閉鎖領域の外へ発して挨拶してやれば返事に困る言葉をくれた“親友”。僕はクディルファの低く抑えた笑声で応えた。

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