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障子で仕切られた大きな座敷がいくつもあり、そこでは食事をしている者や宴会をしている者と様々に寛いでいた。
廊下を給仕の男女が慌しく擦れ違っていく。
自給自足をしている炬には少々理解しがたい光景だった。
「な、さっきの女の人や黒と橙の服を着た人たちも神様なのか?」
何となく気になった事を口にする。
それを答えてくれたのは先導してくれている給仕だった。
「いえ、我々は主人の力によってヒト型をしているだけです。とは言え主人もカミではありません」
「え。神じゃないのにそんな事できるのか?」
「カミをもてなし、その代金としてカミから少し霊力を分けて頂くのです。そしてその霊力で給仕を増やしたり、祠を増築したりするのです」
「へぇ~、凄いな」
給仕の説明に炬は驚きながら頷いていた。
なら、その主人や給仕は何なのか?
その疑問に炬が至らなかったので、翡艶は口を挟まなかった。
暫く歩くと、先程から見ていた座敷より一回り大きい部屋の前まで連れてこられた。
障子は閉まっており、音や声が聞こえてこないので中の様子が窺えない。
「失礼します。翡艶様とお連れ様をご案内いたしました」
「入ってええよ」
給仕が障子の前に座って声をかけると、中から女の声が返って来た。
許可が出ると音もなく障子を開ける。
「っ……」
炬は部屋の中で座っている女の容姿に息を呑んだ。
ウェーブの掛かった髪は、太陽に照らされて光り輝く稲穂のような黄金色。
長い睫に縁取られている瞳は、深い湖のような碧色。
鮮やかな赤い唇、翡艶と同じような白い肌。
絶世の美女という言葉はこの女のためにあると思ってしまう。
その綺麗な顔には驚いた表情が浮かんでおり、
「ひ、ひ……翡艶!?」
少女を指さして信じられないと言った声を出す。
指さされた翡艶は苦虫を三十匹ほど噛み潰したような表情をした。
「あ、あんた、どないしたん!? ちょい気配が変やからおかしいなぁって思ったんやけど……そない可愛らしいシンタイに……」
女は驚きを口にしていると、翡艶の隣にいる青年の存在に気付く。
何かを察するとニヤッと笑い立ち上がった。
嫌な予感がした翡艶は先手を打つ。
「おい、変な想像すんなよ」
「変なんってどんなん? そっかぁ、翡艶はそっちやったんやぁ。でもちょい年齢差あれへんか?」
「は?」
「だから変な想像すんなって言ってんだろうが!」
女性の言葉が予想通りで、翡艶は眉間に皺が寄った。
何の話なのか判らない炬はキョトンとしていた。
しかし、二人の様子など気にせず、女性は二人に近づいて話を続けた。
「容姿も似とるし……そのシンタイ、兄ちゃんの妹か?」
「え、あ、はい」
急に話し掛けられて炬は驚きながら頷く。
女は「ありゃ~」と声を上げるが表情は楽しそうである。
「翡艶~。いくら近い存在やからって妹はあかんで。禁忌やんか」
「そんなんじゃねぇ!」
「もっと歳近い奴か、自分で実体とった方がええんとちゃう? あ、それかいっそ、兄ちゃんをシンタイにするとか?」
「もういい! その口閉じろ!!」
「兄ちゃんはどうなん?」
「ど、どうとは?」
「やっぱ男やと抵抗あるん? 大丈夫やって、愛があればそんなん直ぐ気にならんようになるって」
「は? あ、愛?」
「そいつに振るな! 話が余計にややこしくなるだろう!」
「……何の話してんだ?」
「気にするな。全部聞き流せ……」
炬が隣の翡艶に説明を求めると、疲れたような、殺気立ってるような低い声で翡艶は答えを返えした。
「はい……」
これ以上この話に触れては駄目だと察し、素直に頷いておいた。
目が据わって殺気を放っている翡艶を気にせず、女は話し続けた。
そこまで聞いた炬はやっと意味を理解して、下手な言動は気をつけなければならない、とも理解した。
それから暫く女の戯言は続き、翡艶が薙堊を取り出した所でやっと収拾がついた。
「うち、珱佳って言うねん。よろしゅうな」
「俺は炬です。よろしく」
珱佳は最初に座っていた場所に戻り、二人はその前に座った。
訪問の理由を聞かれて、やっと本題に入れると翡艶は大きな溜め息を吐く。
「強制的にカミ降しをさせられた。上がり方を知らねぇから、お前なら知ってるかと思ってな」
「うちもシンタイに降りた事ないからなぁ。うちなんかに聞くより凌霄や青一弥とかの頭脳派に聞いた方が早いんとちゃうん?」
そんな事かと珱佳はつまらない表情をしながらもちゃんと答えた。
それに翡艶は「そうか」と返す。
的確な答えが返ってくるとは期待していなかったようだ。
神様は全知全能の存在だと思っていたが、頭脳派や肉体派があるんだな、とどこか他人事のように炬は二人の話を聞いていた。
口を挟める隙がないと言った方が正しいが。
「なら、居場所を教えてくれ。あいつら人間と同じ生活してるから気配が掴みにくいんだよな」
「あはは、確かにそうやな。と言うか、さっきまで青一弥おってんで? 入れ違いやな。今は龍の、東の都におるんやって」
「よく都なんかで生活してるよな」
「翡艶からしたらそうやろうなぁ。ま、属性上しゃーない」
「属性?」
今まで聞いているだけだった炬は、珱佳の言葉につい口を出てしまった。
話の邪魔をするつもりはなかったので、気にしないでくれと手を振った。
「そか、人間は無属性やから知らんのか」
炬の反応に珱佳は思い出したように言った。
説明は珱佳がするだろうと、翡艶は彼女の食べかけの料理を勝手に食べて「ここの料理は相変わらず美味いな」とか思っていた。
「あらゆる生き物にはな、生まれつき属性があんねん。例えば魚やったら水、鳥やったら風ってな。けど、必ずしもそうとは限らん場合もあるで。まぁ、今は難しい事は横に置いといて。有が存在してんやったら、無が存在するんが道理や。世界は鏡みたいなもんやからな」
「……人間は有属性全ての対と言う事ですか?」
「お、飲み込み早いなぁ。簡単に言ったらそうや」
珱佳の説明を脳をフル活動で情報処理をする。
元々頭脳派ではない炬には情報を理解して纏めるのは一苦労だった。
だが、知るという事自体は好きなので苦はなかった。
「珱佳さんは何ですか?」
「うちは火や」
「翡艶は風だから……属性で言うなら珱佳さん的に翡艶とは相性が良い方かな?」
黒い翼のある翡艶は鳥だから属性は風になる。
なら火にとって風は相乗効果があるので相性は良い筈。
風の神様なら災妖の風を無効にする事も簡単だと、炬の中で積木を積むかのように整理されていく。
うんうんと自己納得をしている青年を、カミ2人は特に何も言わなかった。
「行くぞ」
目的の場所が判り、タダ飯も食べれたので翡艶は満足そうに立ち上がった。
「うちのご飯!」
ようやく気付いた珱佳が声を上げるが、男はシレッと聞き流して部屋の出入口に向かう。
「食いたいんやったら自分で頼めば……」
ブツブツと文句を言う珱佳だが、異変に気付いて口を閉じた。
炬も立ち上がろうと腰を上げた時、
「っ!?」
背中を舌で舐められるような気持ち悪さに襲われ、ポスッと座りなおしてしまった。
「どうし……!」
止まってしまった二人を訝しげに振り返ろうとした翡艶だが、少し遅れて異変に気付いた。
「……」
そんな翡艶の様子に珱佳は片眉を上げる。
「ちっ」
小さく舌打ちすると翡艶は障子を開け放って廊下を走って行った。
炬も後を追おうと思ったが気持ち悪い感覚に動く事ができなかった。
「慣れたら気持ち悪うならんようになるよ」
「え……?」
「兄ちゃんも感じたんやろ? 祠の外に何かが現れたって」
「そう……なんですか?」
質問と言うより確認のような珱佳の言葉に、炬は首を傾げてしまう。
ただ不快な感覚が急に湧き出したとしか言えなかったからだ。
「その気持ち悪さは兄ちゃんの本能が祠の外の存在に気付いて、危ない存在やって教えてんねん。……やけど、兄ちゃんに災妖察知するほどの霊力あるように見えへんねんけどなぁ」
前半は説明だったが、後半は不思議そうに独り言を呟く珱佳。
霊力がほとんどないのに外の存在に気付いたとは特殊な能力でもあるのだろうか。
そして青年の首に掛かっている碧玉に気付いて、
「兄ちゃんが不思議なら持ってるもんも不思議やな」
誰に言うでもなく小さく呟いた。
珱佳がぶつぶつと言っている間、炬は狼狽えた。
性格はともかく、絶世の美女に覗き込まれているのだから。
「あの……翡艶は、大丈夫なんでしょうか?」
何とかこの状態を脱しようと、走って行った翡艶の安否を聞いた。
「ん? あぁ、翡艶なら大丈夫やろ。あいつは戦闘やったら一、二争うほど強いから」
安心させるために珱佳は笑って言う。
しかし頭の中で、ワンテンポ遅れて察知した翡艶に首をかしげていた。
誰よりも感知能力が優れているはずのあの男が、人間よりも後に気付くなどありえない。
シンタイに降りたせいだろうか。
「さて。もう災妖の鎮皈も終わったやろうし、行こか」
(しんきって何だ?)
時々判らない単語を使われるので反応しづらかった。
一々聞くのもどうかと思って適当に頷いて付いて行く。
いつの間にか、不快感は消えていた。




