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炬と珱佳が話していた頃、急いで外に出た翡艶はトモの姿のまま薙堊を手にしていた。
前回のように翡艶としての姿をしてもよかったが、それは霊力の消耗が激しい。
これから都に向かう事を考えたら、温存しておいた方が得策だと判断しての事だった。
外は前が見えない程の豪雨だった。
近くの川の氾濫も相俟って辺りは浸水してしまっている。
小さなトモの体では完全に浸かってしまうので、翼を出して宙に浮いていた。
翡艶は何かを探して辺りを見回している。
しかし、水面からユラリと伸びた水の触手が翡艶を捕まえようと襲ってくる。
「邪魔だ!」
薙堊で触手を薙ぎ払うが、元が水なので水面に落ち、再びもたげてきた。
「―――」
イライラしている翡艶の耳が声にならない声を捉えた。
翼を羽ばたかせ、際限がない触手から逃れてそこへ向かう。
濁流と化した川に流されそうになっている人物がいた。
必死に木にしがみついているが、木自体が濁流に敵わず流されそうになっている。
翡艶が辿り着くより、触手が人物を捕らえて水の中に引きずり込んだ。
「ちっ」
川に飛び込む前に、翡艶は左後方に薙堊を投げる。
「っ!?」
手放す瞬間、薙堊ごと体を持っていかれそうになり、バランスを崩して川へと転落した。
キァァァァ!
ザバーン!
悲鳴と水音が重なった。
豪雨のせいで姿が見えないが、雨と川の氾濫は災妖の仕業だった。
翡艶が投げた薙堊は災妖に見事命中。
災妖が消えると、辺りは濁水ではなく清水の匂いがした。
小屋から300メートルほど離れた場所、木を背にして翡艶が座り、その膝に子供が頭を乗せていた。
トモと同じ年頃で茶色の獣耳、尻尾を持つ獣人。
「大丈夫か?」
「……うん」
気が付いた獣人に声をかけると、まだ少しポケーっとしながら子供は頷く。
「カミ様が助けてくれたの?」
「あぁ。お前たちには非がないのに巻き込んで悪いな」
濡れて寝てしまった子供の髪を撫でる翡艶の言葉に子供は首を振った。
「カミ様は悪くないよ」
「そうか。悪りぃな」
「カミ様は神様みたいだね。魔物なのに助けてくれるから」
ニコリと笑った子供の瞳は紫色をしていた。
紫の瞳は魔物というのがこの世の常識であり、魔物は忌み嫌われるのもまた然り。
子供はそれを判っていて、それが当たり前だと思っている。
だから助けられて驚きと嬉しさが入り混じっていた。
それを翡艶は表には出さないが悲しい事だと思った。
「ばーか。魔物とか関係ねぇよ。ただ自分たちの尻拭いしてるだけだ」
もう一撫でしてやると子供は気持ち良さそうに目を細めた。
「ほら、もう住処に帰りな。もうすぐ人間が出てくる」
そろそろ珱佳が炬を連れて来るだろうと思って、翡艶は子供に帰るように促した。
人間に見つかると厄介なので、子供は立ち上がるとお礼を言って住処に帰って行った。
見えなくなるまで見送っていると後ろから、
「えらいまた凄い事になってんなぁ」
「神がいるって判っててこんな事するか? 怖いもの知らずだな、魔物は」
それぞれ感想を口にする二人。翡艶は呆れたような表情をして戻って行く。
薙堊を手元に呼び戻すと、先程の出来事を思い出して首を傾げた。
重さで体を持っていかれるような事は今までなかった。
体が小さくなったせいだろうと自己完結させて、辺りを見渡している炬に声をかける。
「おい。遊んでねぇで行くぞ。都なんざ、予定外なんだからな」
「ん、あぁ。……ってまさか都まで歩いて行く気か?」
村から此処まで二日。
此処から都はどれ程離れているか判らないが、2、3日歩き続けても到着しないのは判る。
「さすがにそれは……」という炬の感情が表情にありありと表れていた。
翡艶もそこまで鬼ではない。
「珱佳、後処理は頼んだぞ」
「任しとき。あ、でも貸しな」
「覚えてたらな」
また炬に判らない遣り取りがかわされた。
神様には神様の営みがあるのだろう。
トモの事が終われば関わりがなくなるので、深く関わらないようにしようと決めた。
小屋から少し離れて、集中するように翡艶は目を閉じる。
すると男が一瞬光に包まれ、次の瞬間には黒い巨鳥に姿を変えた。
光で焼けた視力が戻った炬は、目の前の巨鳥に瞬いた。
人間2人が余裕で乗れる程の大きな鳥など見た事ないからだ。
ゆっくりと近づいて、艶やかな羽に手を這わした。
光の加減で深緑のようにも見える。
それは普通の黒よりもっと深い黒だという証拠であった。
「すげぇ……」
思ったより柔らかく、しかし張りのある感触に感想を述べて触り続けた。
「おい。さっさと乗れ」
2.5メートル程ある鳥に驚くだろうと思い、暫く好きにさせていた翡艶。
だが、直ぐに面倒臭くなったのでは乗るように促した。
「乗るのか?」
「なら引っ掴んで運んでやろうか?」
炬を乗せて運ぶために鳥の姿になったのに、そんな間抜けな質問をされて溜め息が出そうになった。
鋭い爪の足を見せながら意地悪に返す。
「遠慮します……」
どんなに丁寧な掴み方をされても、爪が肉に食い込むのは簡単に想像できた。
炬は青くなりながら断った。
「大丈夫か?」
緊張と躊躇いを感じながら、炬はゆっくり乗った。
動物に乗るという事が初めてなので、どうしても聞いてしまう。
羽毛が柔らかいので潰れてしまいそうに感じるが、その下にはしっかりとした筋肉が付いている。
炬一人が乗った所で翡艶に負担などなかった。
「どうって事ねぇよ」
心配性の青年に答えてから、赤い目を面白そうに見守っている珱佳に向けた。
いってらっしゃい、とでも言うように手を振っている様子に素直に答えられない。
去った後、この女は何を言って回るやら……。
何を言っても無駄なのは知っているので、何も言わずに翼を羽ばたかせた。
「しっかり捕まってろよ」
「お、おう」
落とされたら洒落にならない。
炬は慌てて翡艶の首にしがみついた。
翼を一羽ばたきする毎に宙へと浮かび上がっていった。
「ほな、またな~」
珱佳の見送りを受けて、二人は都へと向かう。
三人を見つめる視線。
細められた目に浮かぶ色は〝喜色〟。




