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とまぁ、そんなこんなで冒頭に戻る。
トモの体から翡艶を剥がすカミ上げの方法を知るために、険しい山を登っているのである。
この山の頂上には森にあった祠と同じ物があり、そこに知り合いがいるらしい。
(人が入って来ないような、こんな山に祠なんてあるのか?)
口にはしないが、炬は疑わしそうに心の中で呟く。
しかし文句を言った所で先程と同じように返されてしまうので、ただ黙々と登るしかなかった。
それから半刻ほどして、本気で音を上げてしまいそうになった時、
「良かったな、お前の苦労報われるぞ」
翡艶の言葉に顔を上げると、小屋が視界に入った。
小屋といっても、立ったまま人間2人がやっと入れそうなほど狭く細長い建物だった。
だが、高さは炬より高く、2メートルほどあった。
そして、側面の一つに開けられるように取っ手が付いていた。
歓喜や安堵よりも、やっと辿り着いたという疲れしか今の炬にはない。
「来たのは良いが、あいつがいなきゃ意味ねぇけどな」
「おい! いるから来たんじゃないのかよ!」
「冗談だ。聞いてくるからお前は休んでろ」
今までの苦労を泡にするような冗談は止めてもらいたいと炬は翡艶を睨んだ。
受ける男は何食わぬ顔をして祠へと近づく。
これで全てが済むのだと思う事にし、炬は言葉に甘えて休む事にした。
翡艶が小屋に触れると、小屋全体が水面のように揺れた。
「!?」
そのまま手が沈み、腕が沈み、そして体全部が沈んで、微かな揺れだけを残して翡艶は小屋の中へと消えてしまった。
何が起こったのか判らず、恐々と炬は小屋に近づいて男と同じように触れてみた。
そこのあるのは木の感触だけ。
ペタペタと色んな場所を触れてみるが結果は同じだった。
「神様だから」という事で片付けて、深くは考えずに座り込んだ。
人間が入らないので辺りは草木で視界が悪いのに、小屋の周りだけは開けていた。
森の祠の周りも同じように開けていたなと思い出す。
と言う事は神様が頻繁にこの小屋を出入りしているんだろうな、と頭の隅で何となく想像した。
「雲の流れが速いな」
小屋を背もたれにしながら仰向くと、木々の間から見える青い海を白い魚が泳いでいた。
流れを聞き取ろうとして耳を澄ますと、風や鳥が立てる音とは違う音が聞こえてきた。
葉擦れはするが足音や気配がしない。
獣か、魔物か。神経を尖らせて立ち上がり、いつでも逃げ出せるように準備する。
ガサガサガサ……
「……」
草むらから現れたのは狼。
像のように大きい訳でも、尻尾が二本や三本に別れている訳でも、炬を威嚇している訳でもない。
なのに炬は呆然としてしまった。
狼は成体でありながら、何処にも汚れやシミがない純白だった。
そして、目の前にいるのに気配しない、という二つが理由だ。
本能が何かを感じ、体を引いた。
しかし背中に固い感触が。
小屋の存在を思い出して一つの答えが出た。
「……あんたも神様か?」
この狼も、翡艶と同じ神様なら違和感の説明がつく。
喋れるのか判らないけど聞いてみるが、白狼の黒い瞳はただ炬を見つめ続けた。
人間には読み取れない瞳の奥で、何を考えているのだろう?
白狼はふいっと草むらの中に引き返して行った。
「何だったんだ?」
まったくもって人間の炬には理解できない。
緊張した体から力を抜くために、大きく息を吐き出す。
「それにしても綺麗だったな。そういや翡艶の翼も綺麗だったな」
真っ白な毛並みが太陽の光を受けてキラキラと煌いて、白銀色のように見えた。
続いて、災妖との戦いに向かう翡艶の黒い翼も思い出す。
さすが神様だけあるよなぁと理屈はないがそう感心した。
「ん?」
視界の端で何かが光ったのに気付いて、そちらに目を向けると先程の白狼が去って行った草むらだった。
隠れてこちらを窺っているのかと思う。
また光った。
その色は白狼には無い青色だった。
ガサガサと草むらに入って行くと、光源を見つけてキョトンとしてしまう。
それは碧玉だった。
だが、村で自給自足をしている炬にとっては鮮やかな、透明の石は初めて見る物だった。
いくら大人と言える年齢であっても好奇心には勝てず、警戒なくその石を拾った。
石には革の紐が通されていて、首飾りになっていた。
「こんな珍しい石なら首飾りにしてもおかしくないな」
石を太陽にかざして輝きを眺めてから村の皆にも見せようと思い、革紐を首にかける。
「おい。そんな所で何やってんだ?」
いつの間にか小屋から翡艶が出て来ていた。
草むらで突っ立っている炬を訝しがりながら声をかけた。
「あ、いや、珍しい物見つけたから」
確かにこんな草むらで立っていたら怪しいだろうと思い、炬は慌てて答える。
入った時と同じようにガサガサと音を立てて、葉や枝などを傷つけないように草むらから出た。
「珍しい物?」
「うん、これ」
炬が首に掛けた石を見せると、翡艶は特に珍しくないだろうと思う。
しかし、ある種の閉鎖的な生活をしていた事を考えたら、宝石の類を知らなくても仕方ないだろうと至った。
「それで、判ったのか?」
炬には石の事よりトモと翡艶の分離の方が重要なので切り出す。
「いや、まだ会えてねぇ。シンタイに入ってるせいで色々手間が増えた上に、外に人間がいたら他のカミが入りづらいから連れて来いとさ」
「神様も色々大変なんだな」
全然意味は判らないが、三割り増しの面倒臭そうな翡艶の表情を見て、炬は労うように返した。
そして白狼の変な行動に納得がいった。
普段近付かない人間がいたので、警戒してしまったのだろう。
「でもさ、ただの人間の俺が入れるのか?」
「一人じゃ無理だが俺と一緒なら大丈夫だ」
ほらよ、と言って翡艶が差し出した手をみて、炬はキョトンとしてしまう。
この歳になって妹と手を繋ぐという事に抵抗と気恥ずかしさを感じた。
しかし、そんな事を言っていては前に進まないので、差し出された小さな手を握った。
「人間が入るにはこの戸を開けなきゃならねぇから、俺が言う詩を続けて言えよ」
「わ、判った」
詩と言われると何だか難しいもののように感じてしまう。
「東の空、西の海、夢現の世界にて」
「……ひ、東の空、西の海、夢現の世界にて」
「萬なる我ら」
「……萬なる我ら」
「比翼なり」
「……比翼なり」
「悠久なる無窮へ誘いたまえ」
「……悠久なる無窮へ誘いたまえ」
翡艶と炬が詩を紡ぐと、蛍のような淡い光が一つ、また一つと生まれていく。
その光が生まれていくにつれて、ゴツゴツと岩のように重そうな音を立てながら小屋の戸が少しずつ開く。
そして、詩が終わると二人を迎えるように開き切った。
戸の向こう側は白い霧が漂っておりよく見えない。
「行くぞ。ボーッとしてたら閉まるからな」
超常現象が起こって、好奇心と不可解な気分で周りを眺めている炬に、翡艶がそう声をかけて引っ張った。
「え、入るのか?」
「……」
間抜けな質問をする相手を呆れたような、馬鹿にしたような目で見る翡艶。
その視線に炬は気まずそうに目線を前へとやる。
戸の開いた小屋の前まで行くと中の白い霧が溢れて、一瞬で二人を包み込んだ。
視界が開けるとそこにはもう緑の草木はなく、木造の建物の中だった。
「こ、ここがあの小屋の中なのか?」
あまりにも違う風景に炬は、先程と同じようにキョロキョロと見渡してしまう。
炬たちが立っている場所は玄関になっており、後ろは木の格子戸、前は大きなスペースとその先に帳場があった。
男は黒、女は橙の衣服を着た人たちが慌しく動いている。
老舗高級旅館といった感じだ。
しかし旅館を知らない炬は「ここは何だ?」といった顔をしていた。
「お前にも判りやすく言うと……デカイ民宿だ」
「いや、民宿を逸脱してるぞ」
意味は何となく理解したようだ。
「人間たちが言う祠は神を祀る物だが、俺たちの言う祠は食ったり、寝たりする所だ」
「家は無いのか?」
「基本的に無い。けど、一箇所に留まってる奴や大勢でいたくない奴は自分用の祠を造ったりするな」
「森にあった祠は?」
「あれは俺様用だ。とは言え、あんまり使ってねぇけどな」
ならどうして造ったんだ、と炬は心の中で突っ込んだ。
祠の存在意義が人間と神では全然違うのだと知った。
そうなると他の種族も祠の存在意義は違うのだろうかとも考える。
周りを見渡していたと思えば、いきなり考え込む。
忙しい奴と思いながら、見ていて飽きがこない。
フッと笑いながら翡艶は炬を引っ張って帳場まで行く。
「条件満たしたぞ」
「そのようですわね」
漆の塗られた帳場格子の中は暗く、女の声だけが聞こえてきた。
興味深そうに中を覗こうとする炬に気付いた女は、
「触らぬカミに祟りなしですわよ、お客様?」
艶っぽい声で注意されて炬は慌ててシャキッと直立する。
「お二人を珱佳様の所へご案内してさしあげて」
クスッと声だけで笑うと、女は側に控えている女の給仕に声をかけた。
「ごゆっくりお寛ぎ下さいまし」
姿無き女の声に送られて二人は先へと進む。




