4
森の復活を祝って村全体で宴が行われた。
トモの看病と自分もまだ調子が悪いと言って、炬は家にいた。
半分は建前で、自分だけが感じる違和感を考えるために。
あの男は本物の神なのか?
夜と朝の雰囲気の違いは何なのか?
何故急に祠は消えたのか?
無駄と判っていても、気になってしまう。
「ま、村に被害がなければ何でも良いけどな」
「俺様が良かねぇよ」
思考の渦に沈み込んでいた炬の耳に、聞きなれた声で、聞きなれない話し方の言葉が聞こえてきた。
我に返ると、トモが布団から起き上がっていた。
姿形はトモだが、今彼の目の前にいる少女はトモではない。
何故か炬は知らずに後退りしてしまう。
「……だ……誰だ……?」
急に喉が渇き、声が掠れた。
搾り出すように問いかけると、トモの形をした人物は不敵に笑った。
「さっき森の中で会っただろ? いや、一昨日の晩にも会ったな、お前は気絶してたけど」
炬には意味が判らない答えが返ってきた。
停止しかけの脳をフル活動させた結果とても信じられない、けれど、それしかない答えが導き出された。
「ま、まさか……あの神、か?」
「あぁ。さっきのカミだ」
半信半疑で聞いた質問をその人物はいとも簡単に頷いた。
「…………」
「ったく、面倒な事してくれたな。と言ってもお前はそれ所じゃねぇか」
固まっている炬を面倒臭そうに見て、膝に肘を付いて息を吐いた。
人間、誰しも順応性が高い訳ではない。
目の前の信じられない出来事が起こると否定してしまうのが性である。
「いや、意味判んないし! はい、そうですかって信じられるか!」
「じゃあ、お前の妹はこんな喋り方すんのか? こんな態度すんのか?」
「しないけど! って言うか、お前、本当に誰だよ!」
「だからカミだっての」
「信じられるか!」
「おい、ちっと落ち着け」
「これが落ち着いてられるか!!」
タタン!
混乱して暴走しそうな炬を、言葉で諭すのは無理だと早々に判断した男。
側にあった狩り用の弓で二つの矢を連続で放った。
炬の両頬を掠るか掠らないかの距離を通り過ぎ、後ろの壁に突き刺さった。
「落ち着いたか?」
「は、はい……おかげさまで……」
強制的にリセットされた炬。
悪態をつくトモを見ると全て現実なのだと思い知らされる。
「……どうして神様がトモに憑くんだよ?」
この状態を打開するために詳しい説明を求めた。
トモの中に入っている男はやる気なさげにゴロッと寝転がってしまう。
「お前ら、そんな事も知らねぇであんな詩を子守唄代わりに詠ってたのか?」
呆れた表情をが馬鹿にしているように見えて、炬はムッとなった。
「あの子守唄は母さんが謡ってて、それをトモが覚えて謡ってただけだ」
中身がどうであれ外見は妹なので何とか落ち着いて話す。
それを聞いた男はしばし考え、
「母親はこの村で巫女や占術士とかだったのか?」
「いや、普通の一村人だった。でも、父さんと一緒にこの村に移住してきたらしいから、その前は何処に住んでどんな事してたかは知らない」
ふ~ん、と自分で聞いておきながら興味なさげに男は返事をした。
何か考えているようなので、炬は邪魔しないよう静かにしている。
「面倒だけど説明してやるか」
考えが纏まった男は起き上がった。
「何にも判っちゃいねぇみたいだから、基本から説明してやる。
肉体のねぇカミはほとんどの人間に視認されねぇ。視認されねぇって事は存在しねぇもんだから、互いに干渉する事ができねぇ。なら逆に肉体があれば干渉でき、影響を与える事ができる。だからカミが人間、シンタイと契約して肉体を得る。その契約を『カミ降し』って言う。そのカミ降しにも三種類ある。
一つ目、カミとシンタイが互いに合意して契約する場合だ。詳しい事は省くが、これが基本で一番リスクが少ない方法だ。
二つ目、カミが一方的に契約する場合。相手の合意を得ずに無理矢理乗っ取る方法で、傍若無人や自己中心的なカミがするが、まぁ滅多にねぇな。
そして三つ目、シンタイが一方的に契約する場合。何か強い願いがあってどうしても叶えたい時に、カミを無理矢理己の中に留めて、叶えてもらおうって方法だ。その代わりに、シンタイは己の全てをカミに捧げなければならねぇ。つまり叶った時点でシンタイの意識はなくなり、その肉体はカミの所有物になる。
んで、今がその三つ目のカミ降ろしをされた状態だ」
判ったか?と言わんばかりに溜め息をつく男。
一気に説明されて頭がこんがらがる炬。
つまり故意ではないが、トモは自分の中に神を降ろしてしまった。
そして一番の願いが叶えられたら意識が消えて、肉体はこの神の物になってしまう……と、なんとか理解した炬は一気に青ざめる。
「何でトモなんだよ!」
強い願いを秘めているのはトモだけではなく、あの場にいた全員あったはず。
なのにどうしてトモになったのかと、妹が消えるかもしれない焦りと八つ当たりに近い感情をぶつけた。
「あの中でこいつが一番霊力高かったからだ。言い忘れてたが、シンタイは誰でもなれる訳じゃねぇ。霊力が高い者だけだ。霊力がねぇ奴に降りたりしたら肉体がカミの霊力、精神力に耐え切れず、粉々に吹っ飛ぶぞ」
まだ姿形が残っているだけマシだと言われてもなんの慰めにならない。
姿形だけトモでも、中身が炬の妹のトモでなければ意味がないのだから。
炬は睨むように男を見る。
「出て行けないのか?」
「出て行けたら、とっくに出てる」
男とて、トモの体に留まっている事が不本意なのか不機嫌な感情を露わにする。
「神なんだろ? 何とか出来ないのかよ」
「便利屋じゃねぇんだ。そうホイホイ何でもできると思うな。世の中には摂理ってもんがあんだよ」
炬の言葉に不機嫌さが増した。
神様は何でも出来る、というイメージを炬は持っている。
「出来ない」と言う男は、もしかすると魔物でトモを人質にして何か要求したりするのではないか、と想像した。
青年の表情を読み取った男は軽く溜め息を吐いた。
「お前が俺様をどう思おうが勝手だが、さっきの説明に嘘偽りはねぇからな」
信用しがたい、でも何故か説得力がある。
(こいつ……本当に面倒臭いんだな)
男に奸策らしき様子は見受けられない。
裏も表もなく、表情や態度が全てを表しているのだと何となく判った。
悪巧みをしようとしているという危惧がなくなったのは良かったが、根本的な問題はまだ何も解決されていなかった。
「なぁ、トモの願いって何か判るのか?」
願いを叶えるために降ろされたのなら、その相手の願いが判らなければ話にならない。
兄妹であっても全てを知っている訳はないので、一番の願いが何なのか想像つかずに聞いてみた。
「こいつの願いは――」




