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翌日、村人ほぼ全員が祠へと向かって森の中を歩いていた。
それぞれの手には川魚や畑で取れた野菜などが抱えられていた。
その村人たちを先導するために炬は歩いていた、あの祠へと向かって。
神様を怒らせたら災いが起こる。
そんな事は誰でも知っている。
だから村人たちは供物を捧げて、無断で神の領域に入った事を許してもらおうとしていた。
自然を崇めて、森の神の事など知りもしなかったのも原因かも知れない。
「トモ。お前まで来なくて良かったんだぞ?」
「いくら怒ってたとしても、お兄ちゃんを気絶まで追い込む必要はないから怒りに行くのよ」
「機嫌取りに行くのに、怒ったら意味ないだろ」
「いや、機嫌取りって表現もどうかと思うぞ」
先頭でひそひそと話している兄妹の会話に、トトイがつっこんだ。
何だかんだ言いながら進んでいる炬は、不思議な感じがしていた。
村人たちがいるにしても、今が昼だとしても、一昨日の夜に感じた変な緊張感がまるでない。
もうすぐあの不気味な祠だと言うのに恐怖はなく、いつも川から感じていた懐かしく、落ち着く雰囲気が感じられた。
この差は一体何なのだろうと内心首を傾げた。
「もうすぐ着く」
そう告げると、木々の間から見えた。
灯籠のような形で、こじんまりとした祠が。
村人たちは初めて見る石の祠を恐ろしくも珍しそうに見て、口々に何か感想を言っている。
昨日炬の頬を切った威圧感を放っていた武器は消えており、切り倒された大樹も何事もなかったかのように元通りに生えていた。
それに驚愕しつつも、二度目の祠で炬は確信した。
いつも感じていた懐かしさにも似た感覚は、間違いなくこの祠からだと。
隣のトモが不思議そうに祠を見てから、兄を見上げた。
「あれが、そんなに不気味だったの?」
「ん、まぁ……」
トモも同じ感覚で、
祠の雰囲気を感じてなのか?
それともあんな小さな祠にビビッた兄が信じられないのか?
そう質問してきた。
炬は何とも言えない返事をした。
「皆の衆。まずは供物を捧げようぞ」
ざわめいている村人たちに村長が指示をする。
祠の前に藁で出来た敷物を敷き、その上に供物を置いた。
そして村長と炬が前に出て、その後ろに横に列をなして全員が跪く。
「森の神よ、何も知らずに貴方様の領地を荒らした事、深くお詫びを申し上げます。どうぞこの供物をお受け取り下さい。そして先日は村の若者がご無礼をはたらき、申し訳ございません」
「祠をこじ開けようとなどしてしまい、申し訳ございません」
村長が深く頭を垂れると、炬も同じように謝罪の言葉を口にして頭を垂らす。
すると村人たちも同じように、頭を垂らした。
たっぷりと頭を下げてから炬は血が上らないうちに頭を上げる。
「こんな感じですか?」
「まぁ、わしらにできる事はこのくらいじゃ。後は神の機嫌しだいじゃろうのう」
今まで神など崇めた事がない村人たちは、これくらいしか思いつかなかった。
それでも精一杯の礼はした。後は結果を待つしかない。
村人たちが去ろうとした時、
「お前ら、何してんだ?」
急に知らない男の声が聞こえてきた。
炬がバッと振り返れば、祠の上に一人の男が座っている。
無造作に伸びて長い房は肩にかかる黒髪に、異常に白い肌。
そしてどちらの色にも映える真紅の瞳。
切れ長の瞳だが、面倒臭そうな表情をしているので威圧感は薄れていた。
見目麗しいお兄さん。
しかし、そのイメージを一瞬で消し、彼が人外であるというのを示す背中から生える黒い翼。
誰もが鳥の獣人かと思ったが、鳥人は人間で言う両腕の部分が翼なので、背中に翼があるという種族は初めて見る。
故に、この人物が神ではないだろうかと瞬時に想像された。
「貴方様がこの森の神ですか?」
村長は即座に反応して問い掛ける。
「まぁ、カミではあるな」
何だかはっきりしない言い方だった。
だが、男の返答に村人たちはどよめき、跪く。
村長も男に対して恭しく頭を下げて、
「姿を現していただき誠にありがとうございます。何卒、我等の過ちをお許し下さいませ」
もう一度非礼を詫びた。
炬は何となくちらりと神と名乗った男を盗み見する。
「何の事だ?」といった表情をしている事に違和感を覚えた。
そもそも怒っていたなら、もっと感情を表に出しているものだろう。
なのに、男はそんな片鱗を少しも見せていない。
むしろ村人たちが集まっているのを興味本位で見に来た、といった感じだ。
「おぎゃー!」
誰かが連れてきた赤子が急に泣き始めて、場は緊張した。
「これ、神様の御前で! 赤子など連れてくるものではないだろう!」
「す、すみません」
赤子を連れてきた母親は慌てて宥めようとするが、なかなか泣き止まない。
「おばさん、私にやらせて」
見かねたトモが母親から赤子を受け取り、あやし始める。
畑仕事だけではなく、子守りもしているトモは赤子をあやすのが得意だった。
――青い火の向こうへ帰りましょう
何者にも犯されず、白く澄み渡り
駆け抜ける風が受け止めて
青い火の向こうへ帰りましょう――
何処の唄なのか知らないが、炬とトモの母親が赤子をあやす時に謡っていた唄。
――緑の海が今か、今かと待っている
道を照らす星は赤く輝き
花が囁きながら誘って
緑の海が今か、今かと待っている――
謡いだして間もないのに、赤子の泣き声は弱々しくなっていく。
村人たちはほっとして神の方へ向き直った。
「お騒がせして申し訳ありません」
そして今一度、非礼を詫びてからこの森での狩りの許しを得ようとする。
「狩り?」
「はい。貴方様の領域ですが、我等が生きるためにこの森での狩りをお許しいただきたいのです」
炬は再び男の顔を見た。
「どうしてそんな事を俺に聞く?」といった表情だった。
また違和感が増す。
――光の櫂を漕いで、いざ参ろう
我らの故郷、今何処
見えぬ闇のその先へ
光の櫂を漕いで、いざ参ろう――
「好きにすりゃ良いけど」
男が面倒くさそうに適当に答えると、村人たちは歓喜にざわめいた。
その中で炬だけ、トモの子守唄がやたらと耳についた。
男の表情が驚きと苦痛に変わる。
――黒き希望を焼き付けて
巡る時を追いかける
儚いその指先に
黒き希望を焼き付けて――
子守唄の最後の一連が耳に響いたと思ったら、
ドンッ
地面が大きく揺れた。
「トモ!?」
体を支えきれず、トモは赤子を庇って転倒した。
頭を地面にぶつけてしまったようで、気絶してしまった。
炬は慌てて起こすが、頭から血は出ていないので、とりあえず安心する。
赤子を母親に返して、トモを抱き上げた。
全員の無事を確認した後、祠に向き直った時には、男の姿は消えていた。
辺りを見渡しても見当たらなかった。
「狩りをしても良いが、調子に乗るなという釘刺しかのう?」
良いと言ったのに地震とは矛盾している。
しかし、村長はそう解釈して、皆もそれに納得した。
何はともあれ、神の許しを得た村人たちは喜んで村へと帰って行った。
消化不良気味の炬だが、皆が喜んでいるので良いかと思う。
そして何気なく男が座っていた祠へ目を向けると、
「……どういう事だよ……」
祠など何処にも見当たらなかった。




