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パシンと鞭が高らかに鳴った。続いて災妖の叫び声。
「あらかた鎮皈は終わったかな」
凌霄は疲れたように一息つく。
周りには崩れた建物。
死んでいたり、怪我をしていたりする魔物と人間。
蔑むような、哀れむような目で凌霄はそれを見つめた。
「自業自得。でも死なれても困るんだよね」
一つの気配が消えるのを感じた。そして、続いて鮮烈な霊力が急に現れた。
「これは……」
驚きで凌霄は目を見開た。
災妖が鎮皈ではなく殺された事に。息苦しいほどの霊力に気づかなかった事に。
場に充満している霊力はただの霊力ではなかった。
真綿で首を絞めるような、緩やかに凌霄から霊力を削いでいく。
凌霄だけではなく、他のカミからも霊力を奪うだろう。
霊力の扱いに長けているカミが今まで気付かなかったなんて、意図的に隠されていた以外他ならない。
凌霄は思考より、まずは充満している霊力の源へ向かった。
この様子なら翡艶たちも霊力を削がれて苦戦しているだろう。
今更だが、三人の気配を感じる事ができなかった。
そこまで自分たちの霊力が削がれているのか、それとも自分たちを上回るほどの霊力なのか。
どちらにしても、そうとう強力なカミ狩りの霊力だという事だ。
一段と霊力が濃くなって凌霄は足を止める。
点々と魔物の死体が転がっていた。
そして、その先で新たな死体が生まれる。
「ギャー!!」
ドサッと大きな音を立てて魔物が倒れた。
その死体の側には青年が立っていた。
むせ返るほどの霊力の源は彼、炬だった。
「炬君」
凌霄が声をかけると炬は顔を向けた。
相変わらず目の焦点はあっていない。
その様子から凌霄には、炬が覚醒したカミ狩りの霊力に呑まれて我を忘れている事が判った。
「このままじゃ危ない」
炬自身もだが、凌霄自身もカミ狩りの霊力でやられてしまう。
剣を構えた炬が突っ込んでくるのを凌霄はジャンプして軽々と飛び越す。
目標を失った炬が方向転換した時、凌霄は鞭を振るって炬の軸足を絡めとって引っ張った。
軸足を取られた炬はバランスを崩して後ろにこけてしまい、
ガツン!
後頭部を押さえてのた打ち回る。
よっぽど痛いようだ。
これで正気に戻っただろうと凌霄は鞭を消した。
炬が離した剣を拾って調べた途端、表情が険しいものになった。
「つぅぅ……あ、れ……ここは? 凌霄さん?」
涙目で起き上がった炬は状況が判らなくて少々混乱していた。
「炬君。霊力が目覚めてるの、知ってたの?」
「へ?」
その質問に炬はキョトンとした。
翡艶と出会うまで自分に霊力があるなんて知らなかったのに、それが目覚めているなど判るはずがなかった。
炬が立ち上がったその拍子で、ポケットから紅玉が零れ落ちた。
「石……?」
それを拾い上げると、凌霄はハッとして炬に詰め寄る。
「石! あの青い石は?」
「え!? そ、それならここに……」
霊力から石の話になって炬には訳が判らないが、首に掛けている紐を引っ張って碧玉を出す。
しかし、そこには紐にかろうじて引っ掛かっている欠片だけだった。
「あ、あれ?」
碧玉の無残な姿に炬は驚いた。
凌霄は欠片に触れて目を細めた。
「これ、拾ったって言ってたよね? いつ、何処で?」
先程から凌霄の質問攻めに、炬は戸惑いながらとりあえず答える。
「えっと……珱佳さんに会う直前の祠の外です」
「じゃあ、この剣は誰が?」
「青一弥さんが……」
直接渡されたわけではないが、夜弖によると青一弥の一押しらしい事を伝える。
凌霄の中で、打ち消したはずの疑惑が頭をもたげてくる。
街に結界を張ったのは青一弥だ。
その結界を破れる者はいるが、今回は破られたのではなく、解除されたのだ。
結界を解除できるのは、結界を張った本人だけ。
続いて、炬に渡された剣。
これはただの剣ではなかった。
力が宿っており、戦い慣れしていない者でも簡単に魔物を殺す事ができる。
そしてカミ狩りの一族である炬が持てば、凌霄たちカミにとって脅威とも言えるカミ狩りの剣となる。
最後に、炬が持っていた碧玉。
あれは所有者の眠っている力を強制的に目覚めさせ、なおかつそれを周りに気付かせない結界が張られるという、なんとも手の込んだ代物だった。
そのせいで炬のカミ狩りの霊力は覚醒していき、霊力が垂れ流しの状態でも結界の能力で誰一人として気付かなかった。
この碧玉を炬が拾ったのは珱佳に会う直前。
翡艶たちが訪れる直前に珱佳を訪れていたのは青一弥。
はたしてこれは偶然か?
思考が青一弥の裏切りという方向にいってしまう。
しかし、霸楝の仲間だとしたら少しおかしい。
炬のカミ狩りの霊力を目覚めさせ、カミ狩りの剣を渡してしまっては凌霄たちの攪乱よりも、逆に障害になってしまう。
霸楝は人間の手でカミが落とされるのをもっとも嫌っている。
なら、青一弥には他の企みが?
「おった!」
考え込んでいる凌霄と立ち尽くしている炬の耳に女の声が聞こえた。
そちらに目を向けると疲労が滲み出ている珱佳こちらに近付いてきていた。
彼女もカミ狩りの霊力で弱りつつあるようだ。
「鎮皈は終わった?」
「まぁ、大体は。それより、翡艶がさらわれた」
「え……」
珱佳の報告に炬は愕然とする。
翡艶の言葉とその様を見てきていたので、炬の中で翡艶がさらわれるなんて想像できなかった。
「どうして翡艶が!? 殺されたりしないよな!? 大丈夫だよな!? な!?」
「に、兄ちゃん、落ち着きや。これからそれを確認したり、作戦立てたりするんやって」
詰め寄ってくる炬を珱佳はなだめながら、凌霄に状況を説明するように視線を向けた。
まだ全てを把握いない状態で話していいのだろうか、と凌霄は思いながら口を開こうとしたその時、
「凌霄」
十娥熙がぐったりとした青一弥に肩を貸して現れた。
「結界で監禁されていた」
「監禁!?」
素っ頓狂な声を上げて珱佳は驚き、炬は「神様を監禁なんてできるんだ……」と変に感心していた。
「……」
凌霄だけは戸惑いながら青一弥を見つめた。
疑惑を持ってしまっては簡単に彼を信用する事ができず、慎重に質問する。
「監禁って……誰に閉じ込められたの?」
「それが……判らないのです……。翡艶のカミ上げを切り上げた後から、記憶がなくて……」
不覚を取ってしまった事に青一弥は申し訳なさそうに項垂れた。
攻撃の術はないが、結界や治癒などに関して青一弥に敵う者はそうそういない。
その青一弥を気絶させて、監禁できるなど……。
それほどの霊力の持ち主がいたら、カミ狩りの霊力で感知能力が鈍っていても気付くはずだと凌霄は思う。
「青一弥、それは?」
見慣れない首飾りが青一弥の首から掛かっているのを見つけた凌霄が聞くと、肩を貸していた十娥熙が触れた。
「これは……金気の石だ」
「そんなん持ってたら弱るに決まってるやん!」
ありえない、といった表情をして珱佳は青一弥から首飾りを慌てて奪うように取った。
木は刃物(金属)で切られる。だから木気は金気に弱い。
木属性の青一弥が金気を含んだ石など持っていても百害あって一利もない。
何故そんな物を?
これも騙すための演出なのか?
疑惑という迷路に迷い込んだ凌霄は、ギュッと手を握り締めて冷静になろうとした。
「?」
冷たい感触に己の手を見下ろした。




