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カミサマのおとしかた  作者: みけ
第3章 カミ心同じからざるは其の面の如し
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16/30

ベッドの上に体を投げ出している青年は静かな寝息を立てていた。

翡艶(ヒエン)の反応に胸が苦しくなり、居間から逃げ出すために疲れていると嘘をついた。

しかし客間に行って、ベッドに寝転がるといつの間にか眠ってしまった。

本人は気付かなかっただけで本当に疲れていたようだ。

疲労が見える青年の表情を少女が見下ろしている。


「お前の方が心配だよ」


今まで普通の生活していた人間がいきなりカミの集団に入り込んだ。

それまでの常識とはかけ離れた存在、価値観に対して普通なら精神が受け入れきれないだろう。

だが、(カガリ)は驚きながらも受け入れていっている。

順応能力が高いのだろうがその反面、精神的な負担は大きいはず。

それが体に直結して倒れてしまわないか不安なのだ。

やはり置いてくるべきだった、と今更ながら考えてしまっていた。


「……起こしずれぇな」


見るからに疲れている相手を起こすというのは何だか罪悪感を抱く。

翡艶はずっとトモの体から上がるために様々な方法を試していた。

が、結局上がれなかった。

とりあえず今日は打ち切り、夕食にしようという事になった。

炬を呼んで来るように言われて客間にやって来たのだが、炬の寝顔を見つめていたら、物思いに耽ってしまったのだ。


「……ん……ひえん?」


どうしようかと考えていたら当の本人が目を覚ましてしまった。

まだ眠気を引き摺った炬が起き上がると小さな体では、目線が同じになる。

謝る言葉を色々考えていたが、どれもしっくりこず、


「さっきは悪かったな」


いつも通りのぶっきらぼうな言い方になった。

謝られた炬は寝起きでキョトンとしている。

炬の様子に翡艶は息をついてから背を向けてベッドに座った。訳を話すのが面倒というより少し照れくさいようだ。


「お前が思ってるより俺は丈夫なんだよ。…………ま、ありがとな」


最後の一言は小さく、側にいないと聞き取れなかっただろう。

その言葉に炬は先ほど以上に呆けてしまった。

まさか翡艶の口からそんな言葉が聞けるとは思っていなかったから。

相手からの反応が返ってこないので、まだ寝惚けているのだろうかと少しだけ目線を向けた。

すると何がそんなに嬉しいのかと思うほどの笑みを浮かべている。

だが炬の機嫌を取り戻せたのでそれで良しとして、目線を戻した。

そして、このタイミングでもう一つ謝ろうと口を開く。


「俺が森に結界張らなかったら、こんな事にお前は苦労せずにすんだのにな」

「結界?」


何の事か判らずに炬は首を傾げた。事の発端は森の異変だと思い出す。


「あの異変は、その結界のせいだったのか?」

「あぁ。久しぶりに帰ってきたら村なんか出来てるし。村人にうろつかれたら落ち着かないから結界張ったのに、お前が入ってきた時はさすがに驚いたな」

「何で俺は入れたんだ?」

「そりゃ、お前に霊力があるからだろ」


森に張られた結界は霊力のない生き物が入って来れないという弱いものだった。

だから他の村人は結界に引っ掛かったが、カミ狩りの霊力を持っている炬は入る事ができたのだ。

仮に霊力をもった者が入り込んで翡艶の安息を妨害しようとしたら、薙堊(テイア)が威嚇するよう仕組んでもいた。

説明を聞いていた炬は当時を思い出して「あれは威嚇と言うより、一歩遅かったら死んでたぞ」と心の中で異論を唱えた。


「……じゃあ、俺も神降しってできるのか……?」


それからふと炬は呟くように聞いた。

何を思ってそんな事を聞くのかと翡艶は判らないが、とりあえず頷いた。

訝しげな表情をする翡艶に、炬は苦笑して、


「いやー……トモじゃなくて俺に降りてたらなぁ、って思って」


そういう事かと、炬の意図を理解した翡艶は口の端を上げた。

有事があれば翡艶はトモの体のまま戦場に向うだろう。彼は強い。

だが、もしかしたら傷を負う可能性はなくもない。

その時、女の子のトモだと傷が残ってしまっては可哀想だ。

兄バカだなと思いながらも、そんな青年を好ましいとも翡艶は思っている。


「ばーか。言っただろ? 俺はシンタイなんていらねぇって」


いつもの調子で言われて炬は小さく笑う。

どうしてこの男の一言で気持ちが楽になるのだろうか。

目の前にいるのは小さな妹ではなく、頼りがいのある神様。

小さな肩にコツンと頭を預けた。


「大丈夫だ。無傷で返してやるよ」


炬の頭に添うように翡艶も頭を預ける。


「ありがとう。でも無理はすんなよ」

「俺は強ぇって言ってるだろ」






翡艶との気まずさを解消できた炬は、用意してもらった夕食を食べてから就寝についた。

昼寝をしたが疲れは取れておらず、意識は深く沈んでいた。

が、


「っ!」


急に飛び起きたと思えば、何かを探すかのように暗い部屋の中を見回しだした。

窓からの月明かりである程度は見渡せた。

そもそも客室なのでたいした物はない。

なのに炬は部屋の隅々まで探るように視線を走らせた。


「……」


その面持ちは硬い。

夢見が悪くて怯えたり、混乱したりしている訳ではないようだ。

息をするのを躊躇い、筋肉が緊張して、意識が鋭敏になる。

この感覚を炬は知っていた。森の狩りで、動物と対峙している時の瞬間だ。

ギシギシと音が聞こえてきそうなほど強張った体を無理矢理動かしてベッドから立ち上がる。

そして、ぎこちない動作で窓へ近寄った。

窓の外はひっそりと静かに整列した街並み。

その向こうの漆喰の墻壁は月に照らされて更に白く見えた。

そこから見る限り、何かは視認できない。

自然の中で生活している炬は普通より視力が良い。

その炬が見つける事ができないなら何もいないのだろう。

しかし彼は感じていた。

見られている。観察されているかのような、居心地の悪さ。

どれほど窓の前で突っ立っていただろう。

体がすっかり冷えてしまった頃に観察者は視線を逸らした。


「……はぁー……」


視線から解放された炬は止めていた息をゆっくりと吐き出した。

飛び起きた時からずっと息を止めていたので、それほど長い時間ではなかったのだろう。

どっと疲れた。


「何だったんだ?」


答えてくれる者が居ないと判っていながら、疑問を口に出してしまう。

窓を開けると夜風が入ってきて、冷えた体を撫でていった。

森で狩りをしていた炬の感覚は鋭い方であった。

あくまでも人間並みで。

しかし今は目に見えない、側にいない存在を察知できるほどになっている。

原因はきっと翡艶たちの側にいるからだろう。

理屈は判らないが。

炬としては鋭敏になった感覚に戸惑いつつも受け入れていた。

村で生きていく中で役に立つと考えているからだ。

だが今後の事は良いとして、今現在を考えると不安があった。

翡艶に否定されて深く考えていなかったが、炬の力は神殺しだ。

このまま霊力が目覚め続ければ翡艶たちに悪い影響が出ないのだろうか?

しばらく考え込んでいたが霊力などに関してど素人の炬が判るはずがなかった。

誰かに聞けば良いかと諦め、ベッドに戻った。

体は冷え切っているのに、首から吊るした碧玉だけが熱をおびていることに気付かずに。





「ほう、思ったより早いの。……ふふっ」


意識だけを飛ばして観察していたら、誰よりも先に人間が気付いた。

カミの中でもトップクラスの十二人のカミ、十二霊(ミツツギノタマ)と言われるカミが六人もいるのに。

愉快な事が起きそうで、観察者は目を細めて一層笑みを深くした。


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