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全員が息を呑んで翡艶に目を向けた。
いや、翡艶ではなくシンタイのトモを見つめている。
判らない単語が出てくるのはいつもの事。
深く関わらない方が良いと判断した炬は意味を尋ねない。
だが、さすがに今回は言葉だけで意味が想像できた。
「神狩り」読んで字の如く、神を狩る者を指す。
それが妹だと言うのか、と他の者とは違う意味で炬は驚いていた。
炬以外は驚きではなく、気まずさで表情を曇らせていた。
神を殺す事ができる力を有している自分たち兄妹は、目の前の神たちにとって敵も同然の存在なのかもしれない。
だとしたら今ここで――
「大丈夫だ」
いち早く炬の不安に気付いた翡艶は想像を否定した。
「確かにカミ狩りは、俺たちを殺す能力を持ってる。けど敵とかじゃねぇよ」
取り繕うでもなく、誤魔化すでもなく、ただ事実を述べる。
「……」
いつもと同じぶっきらぼうな物言いの翡艶を炬はただ見つめた。
そして息を吐いて安心する。
「うん、判った」
青年が頷くのを見てから、翡艶は夜弖に疑問を振る。
「で、夜弖。カミ狩りをシンタイにしたら抜けにくいのか?」
「抜けにくいと言いますか……カミ狩りの者に降りた、という話を聞いた事がないので」
カミを狩れるほどの力も関係しているかもしれない、と困ったような表情で付け加えられた。
「でも、方法は色々ありますから心配ありませんよ」
頭の良い青一弥さんもいらっしゃいますしね、と明るく冗談っぽく声をかけた。
とりあえず全員が友好的なのが判って炬は肩から力を抜く。
「!」
場の雰囲気が穏やかになった時、青一弥はピクリと反応した。
その様子に気付いた凌霄は首を傾げる。
「どうかした?」
「結界の一部が壊されました」
「揺さ振りかな?」
「恐らく」
災妖が集まりだした頃から、青一弥は被害が出ないように都全体を結界で覆っていた。
しかし、今しがた何者かによって破られたようだ。
結界を張った張本人の青一弥は直しに、翡艶と十娥熙は侵入する災妖を押さえにホールを出て行く。
翡艶には翡艶の役割があるのは判っているが、あまりトモの体で無茶しないで欲しい。
炬は複雑な表情で見送った。
炬の思いが判った凌霄は苦笑いを浮かべた。
しかし、直ぐに消して、
「部屋を用意しなきゃね」
炬は暫くこの館に滞在しなければならないので、炬と凌霄二人で客間の準備をしていた。
「何か足りない物あったら言ってね」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
お礼を言う炬はどこか硬い。
初対面のせいか、まだ信用しきれてないからか。
準備をしている間も何だかギクシャクした気まずい感じだった。
ベッドを整え終わった凌霄は手を叩いて満足げな表情をする。
「よし、終了」
振り返ると炬の方も終わったらしく、他に何かないかと周りを見渡していた。
どうも青年は自分といるのが気まずいようだ。
「僕が、怖い?」
「!!」
大袈裟だろうというぐらい炬は大きく震えた。
炬が凌霄に対して硬いのは初対面や神様というのもあるが、恐怖を感じているからだ。
見た目はトモと変わりない、自分に敵意を持っている訳ではない。
それなのに凌霄という存在が怖かった。
「良いよ。それが普通だから」
「え……?」
神を畏怖するのは当たり前だが、今感じているものはそんなものではない。
薄暗く底知れぬ井戸を覗き込むような気分だった。
どういう意味なのか質問しようにも言葉が見つからなかった。
青年が何とも言えないのを判って、凌霄は次の話題に移る。
「今、外は危険がいっぱいだから、出る時は気をつけてね」
「……あ、はい」
先程の話題を引き摺っていた炬は返事が遅れた。
頭を軽く振って、深く関わらないと決めたのを思い出し、考えないようにする。
しかし、好奇心という感情はなかなか制御できるものではなく、凌霄と翡艶の会話の中で気になった事を聞いてみる。
「あの。これから倒す敵は長い間争ってきた相手なんですか?」
二人の会話では前々から対立している相手のような雰囲気がした。
その質問に凌霄は頭を掻きながら、何と答えればいいものかと考え込む。
「ん~……敵と言うか、因縁と言った方がいいのかな。相手もカミだし」
「へぇ……って神様同士で争ってるんですか!?」
同族同士なら敵と言うより、因縁の方がピッタリだと納得する。
反芻してみるとギョッと驚きながら突っ込んだ。
驚きながら聞いてくる炬に凌霄は不思議そうに見上げた。
「そうだよ。人間のように僕らだって欲望もあれば、願望だってある。私利私欲のためだけに動く者もいる」
「じゃあ、都の人たちはカミの争いに……巻き込まれてる、だけ……?」
「………」
少し複雑そうな凌霄を炬は愕然と見つめた。
人間に恨みを持つ魔物は多い。
だから神が助けてくれているのだと思っていた。
しかしそれは違い、神の争いに人間が巻き込まれているだけだった。
それはあまりにも理不尽で、考えていく内に驚愕が怒気に変わる。
「あんたらの争いに俺たちを巻き込むなよ!」
「……」
炬の怒鳴り声に凌霄は何も言葉を返さない。
「そもそも争うなら人が沢山いる都じゃなくて、山奥や密林とか被害が出ない所に行けば良いだろ! 人だって争うけど他を巻き込んでまで争いなんかしてない!」
「……本当に?」
「え?」
「他を巻き込んでないって、本当に言い切れる?」
それまで黙っていた少年は静かに淡々と問い返してくる。
「森に隠れているのを炙り出すために草木を焼いてない? 夜営のために動物たちの住処を奪ってない?」
冷静に指摘しているようだが、感情が冷えていく怒り方。
今度は炬が黙り込んでしまう。
「人間の争いほど多種族を巻き込み、無頓着なのはないよ。それに災妖の原因だって元々――ごめん……」
加熱してしまいそうになった瞬間、我に返えった凌霄は気まずそうな顔をして謝った。
売り言葉に買い言葉で、思わずカッとなってしまったようだ。
「人間がそうしてるからって、僕たちもして良い訳じゃないよね。でも都の人間を巻き込みたくてここにいる訳じゃないから、本当に」
熱くなっていた頭が冷静さを取り戻し、炬は言い募る事ができなくなる。
それは凌霄の言葉を否定できない所があるからだ。
世俗から離れている炬だとしても価値観は人間としてのもの。
立つ場所や見る角度を変えれば違う価値観が存在する。
凌霄はそれを強要するつもりはないが、人間の都合や価値観で全てが運ばれる事がないと言いたいのだ。
「責めてる訳じゃないから気にしないで」
「いえ……狭い所にいるんだなって思い知らされました」
翡艶と行動していた時も様々な相違があった。
しかし、ここまで大きいものはなかった。
凌霄の言葉に驚きやショックを受けて沈む気分と、浮き上がるような気分が胸にあった。
何とも複雑で、水と油のように混ざり合わない状態だったが嫌ではない。
青年の様子に凌霄は少々驚いた。
今までと違う常識、価値などを受け入れるのはなかなか難しい。
むしろ拒絶をして怒り出す方が大半だろう。
そんな人間を沢山見てきたが、炬は受け入れようとしている。
人間も拒絶する者ばかりではないのと凌霄の方も勉強させられた。
とりあえず新しい価値観を咀嚼中の炬は素朴な疑問を口にする。
「争う理由って何ですか?」
「あー。これでも僕、長なんだ。だからその座を狙ってだよ」
神も本当に私利私欲で、人間と大差がないのだなと思う。が、言われた内容をもう一度反芻してから、
「長!? こんな小さいのに? 青一弥さんとかの方が長っぽいし、安心して任せられると言うか……すみません」
驚きから思った事をそのまま口にしてしまったが、凌霄がニッコリと笑みを浮かべているのに気付いて即座に謝る。
炬の目には凌霄の後ろに黒い影が見えた。
そんな炬の様子にクスクスと笑った。
驚かれるのはいつもの事らしく、からかったようだ。




