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何度も右に左に曲がって、辿り着いた場所は小さな家。
招き入れられた中は薄暗く、外見同様に狭い部屋だった。
しかし奥に通されると、外見からは想像できない大きな空間が広がっていた。
広い部屋の奥にはいくつもの扉があり、まだ部屋が続いている事を伝えていた。
「十娥熙、お帰り」
幼い声に全員がそちらに目を向けると、多数ある扉の一つの前に少年が立っていた。
年の頃はトモより少し上といった感じだが、まだまだ幼い。
銀色の瞳は珍しいが、黒髪や顔立ちなどは何処にでもいる子供だった。
今まで会った神は皆美形だっただけに炬はギャップを感じた。
「翡艶、久しぶり。……っ……ごめん」
にこやかな笑顔で翡艶を迎えた少年だったが、耐えられなかったようで小さく噴出してしまう。
「笑いたけりゃ笑えばいいだろ」
珱佳のように遠慮なく笑われ、からかわれるのはムカつくが、笑うのを耐えて肩を震わされるのも癪に障った。
「じゃ、遠慮なく」
許可が出たので少年はクスクスと可笑しそうに笑いだした。
「珱佳から連絡がきて聞いていたけど……まさかそんな可愛い女の子に降りるなんて」
炬には判らないだろうが、よく知る大の男が幼女の姿になっていたら驚きより笑いが込みあがるものである。
しかも翡艶の性格を考えると尚更だ。
少年が思う存分笑い終わった頃、別の扉から青年が出て来た。
汚されていない泉底のような淡い水色の髪を高い位置で纏められていた。
瞳は新緑を思い出させる。細身の体格は翡艶や十娥熙のような動の逞しさではなく、静が持つ細い線。
「お久しぶりです……翡艶。そして初めまして」
青年は翡艶の姿を見たが、すぐに視線を逸らした。
やはり可笑しかったようだ。
そして炬の方を向いて軽く会釈をする。
「は、初めまして」
自分が場違いな存在のように感じていた炬は、自分に向けられた言葉に慌てて頭を下げ返した。
「挨拶が遅れたね。僕は凌霄」
「私は青一弥と言います」
「炬って言います」
知らない輪の中に入るというのは、これほど神経を使うのだと初めて知った炬。
何をどうすればいいのか判らずに、とりあえず二人に合わせた。
「君たちがここに来た理由は珱佳から聞いてるんだけど、先に翡艶に話しておきたい事があるんだ。ごめんね」
すまなそうに凌霄は炬に謝る。
「い、いえ。お気になさらず」
年下相手に炬は敬語で答えた。
年下に見えるだけであって本当は幾星霜と生きてきた神様なのだから敬語は普通かもしれない。
凌霄は真剣な表情をして翡艶に向き直った。
「災妖が集められてる。そんな事ができるのは霸楝しかいない」
「……」
「事態収拾のために手伝って欲しい」
簡潔な説明と協力要請に表情を変えずに聞いていた翡艶。しばしの沈黙の後、諦めたような声で、
「何はともあれ、シンタイから出ないとな」
その一言で了承した事が伝わる。
凌霄たちがホッと安心して空気が緩まった。
それから炬たちがここに来た本来の目的、トモの体から翡艶を上げるために場所移動をした。
通された場所は小さなホール。
その中央に椅子を設置して、青一弥は翡艶に座るように促した。
炬たちは邪魔にならないよう壁際で見守る事になった。
青一弥は翡艶の後ろに立つと首筋に手を当てて、一つ深呼吸。
――走らぬ風 流れぬ水 通らぬ道
刻まれた傷 血が溢れぬ
止められた全て 澱となる――
静かな空間に低すぎない声が響いた。
反応するかのように蛍を思わせる光が周りに浮かんでいく。
――時は止まらず 止められず
新しきもの、訪れ
受け止めよ 差し出せよ 見届けよ
我と汝 過去と未来の如し――
詩が進むにつれて蛍のような光は輝きが増していき、翡艶を包んでいった。
次の瞬間、風船が弾ける「パンッ」という音がして、ホールの中に竜巻のような風の流れが生まれる。
光と風が治まると炬はホールの中央に目を戻した。
「……?」
椅子に座っているのはトモだが、中身は変わらず翡艶だった。
首を傾げながら炬は周りを見渡してみる。
皆、キョンと表現していいような表情をしていた。
十娥熙は読み取れないが。
「失敗?」
しん、と静まり返ったホールに炬の声は意外に響いた。
翡艶は後ろに立っている青一弥を振り返る。
「どうなんだ?」
「いえ、失敗ではなく……拒絶されたような……」
答えた青一弥も困惑した様子だった。
翡艶はトモの体から出たがっているのに拒絶というのは変ではないだろうか、と炬は思った。
訳が判らなかったので、もう一度試してみたが同じ事だった。
全員が首を傾げていた時、
「こんにちはー。声かけたんですけど、誰も出てきてくれなかったから、勝手に入っちゃいましたー」
のほほんとした声で、のほほんとした表情で、その人物はドアから顔を覗かせた。
ホールから一気に空気が抜けた。
「あれ? タイミング悪かったですか?」
全員が何とも言えない表情をして自分を見るので、現れた人物は微苦笑して頬を掻く。
「いや、気にしなくて良いよ。ちょっとね……」
凌霄も苦笑して新たに現れた男を迎え入れると、この状況を簡単に説明した。
「へぇ、不思議ですねぇ。でも、翡艶さんがこんなに可愛いシンタイに降りるなんて、もっと不思議ですねぇ」
「そこかよ」
楽しそうにしている男に翡艶は憮然と突っ込んだ。
「あ、初めまして。夜弖って言います」
「無視か」
夜弖と名乗った男は翡艶の突っ込みを見事にスルーして、炬に手を差し出した。
ニコニコと笑みを浮かべてマイペースに進めていく様子に、炬は飲まれてしまう。
「は、初めまして、炬って言います」
「礼儀正しい方ですね。粗雑な翡艶さんといて、苦労したんじゃないですか?」
「え、あー、まぁ」
「ですよね。短い間とは言っても苦労したでしょうに」
炬とそう背が変わらない夜弖は「可哀想に」と髪を撫でて労った。
どう反応していいのか判らない炬はされるがままになっている。
「少しは青一弥さんを見習ってみてはどうです?」
「それは良い」
「なに同意してんだよ、十娥熙」
「いっその事、足して二で割ったら丁度良いじゃないですか?」
「真面目な翡艶……想像したくないですね」
「お前ら好き勝手言ってんじゃねぇよ」
「ところで、夜弖は何しにここに?」
マイペースな夜弖に場を掻き回されていたが、凌霄の一言でピタリと会話が止まる。
「特に用事はありませんよ。近くまで来たので顔でも出そうかと思って」
しかしこんな楽しい事があるとは思いませんでした、と最後に付け足した。
勿論翡艶の事だ。
そう言いながら、皆から散々いじられてムスッとしている翡艶に近づいた。
「ちょっと失礼します」
青一弥に代わって後ろに立ち、頭から首筋、腕や脇腹や足を触っていく。
触るだけで何か判るのだろうか、と炬は首を傾げた。
「ふむ……」
「不可解な原因判ったか?」
手を離して考え込む夜弖に代表して翡艶が声をかけた。
「厄介なシンタイに降りましたねぇ、翡艶さん」
ふざけたものではなく、本当に困ったような表情をして答えた。
厄介とはどういう意味だろうかと全員が目で問いかける。
「この子、カミ狩りの一族です」




