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カミサマのおとしかた  作者: みけ
第3章 カミ心同じからざるは其の面の如し
12/30

右も左も判らない道を走り、(カガリ)は何とか悲鳴の元に辿り着けた。

小さな広場に一人の男が座り込んでおり、その表情は恐怖で引き攣っていた。

逃げ出したくて手足をバタつかせているが、腰が抜けてしまって滑稽な状態だ。

男の前には一人の女性が佇んでいる。

人が魔物に襲われているのでは、と危惧した炬は安堵した。

だが直ぐに違和感を抱く。

女性相手に何故あそこまで恐怖しているのか?

疑問は直ぐに解けた。

女性は人と同じ容貌をしているが、全く違った。

頭蓋骨に皮だけを貼り付けたような顔は笑っているのか、怒っているのか形容しがたい。

本来目がある場所は空洞になっていて、そこから黒い液体が止めどなく流れ出ていた。

露出している部分も顔同様に骨と皮だけなので、服の中も同じだろう。


「―――!」


ヒトからかけ離れたヒト型をした魔物は音にならない咆哮を上げる。

そして手にした出刃包丁を大きく振りかぶり、動けない男に向けて振り下した。


ガチッ!


錆び付いた刃がめり込む鈍い音が響く。


「くっ……」


放り出されていた箒を手に取って、炬は両者の間に入ると箒の柄で出刃包丁を受け止めた。

刃包丁が錆びていたために柄は両断される事はなかった。

しかし、骨と皮だけの腕のどこにそんな力があるのかというぐらい圧してきていた。

これでは力業で押し切られてしまう。

均衡が崩れた瞬間に飛び退けばいいが、それでは後ろで腰を抜かしている男が殺されてしまう。

奥歯を噛み締めながらどうずれば良いのか思案していると、一つの気配が近づいて来た。


「馬鹿は死んでも治らない」


呆れたように一言呟いてから、翡艶(ヒエン)薙堊(テイア)を手にして二人の間に飛び込む。

人外はそれに気付いて大きく後ろへと飛び退いた。

翡艶も仕留めるつもりで飛んだのではなく、炬から引き離すためだったようだ。


「さっきの一言、俺に向けてか?」

「伝わって良かったよ」


半眼で目前の男に声をかけると、ちらりと視線だけ寄越してきた。

人外は翡艶を警戒して距離を置き、直ぐには襲い掛かっては来ない。


「一つ、言うけどな」


こんな大変な状況で何なのかと、炬は前を向いている相手に続きを促した。


「こいつは魔物じゃなく、人間だぞ」


何気ない訂正に何を指しているか判らずキョトンとした。

そして、人外から翡艶に目を向け、また人外に戻してギョッとする。

こんな人間離れした容姿の人間がいると聞いた事がない。

この人外は炬の後ろで這い蹲っている男が弄んで捨てた女の怨霊なのだった。

翡艶はその説明を素っ飛ばしたので炬が余計な混乱に陥ってしまった。

翡艶としては男の自業自得なのだから助ける義理はない。

しかし、お人好しの青年はこのまま放っておくなどできないだろう。

だが青年に怨霊を倒す力はない。この場でそれができるのは自分しかいない。


「男。炬に感謝しろよ」


小さく呟く。

一瞬で怨霊との距離を詰めて、薙堊で棒のような細身を薙ぎ払う。

軽々と吹っ飛ぶかと思いきや、煙を払うかのように怨霊は消えていった。

瞬き一つしている間に事が済んで、炬は安堵の息を吐いた。

背を向けた幼子の表情が苦しげに歪んでいるのに気付かずに。

炬は腰を抜かしていた男を見送ってから、後ろを振り返った。

憤然とした表情の幼女と目が合うと、顔が引き攣るのが判った。


「俺が来なかったらどうなってた?」


見ず知らずの男と心中するつもりかと言外に語っていた。

困っている人を助けるのは炬にとって当たり前だ。

しかし自分の手に負えずに翡艶の手を煩わしてしまっては、無鉄砲さを反省するしかなかった。

黙り込んだ炬を見つめていた翡艶はハッとして咄嗟に薙堊を構える。

と、同時に金属音が鳴った。

薙堊の幅の広い刀身に細身の長剣が重なっており、攻撃を受けたのが理解できた。

細長剣から辿っていくと薄汚れて、破れた衣を被った人物。

顔は見えないが翡艶と同じくらいの長身と逞しい身体つきで男というのが判った。


「この挨拶、どうにかできないのか、十娥熙(トガキ)?」


襲撃に炬は動揺してしまっているが、翡艶は普通に相手に話しかけた。


「とがき?」

「仲間だ」


翡艶の言葉と共に襲撃者は被っていた布を取って顔を見せる。

夜の訪れを思わせる濃い藍色で、襟足だけ伸ばしている髪。

更にそれを印象付けるのが、沈む太陽のような深い朱色の瞳。

濃密な色合いなのに、一瞬しかない夕刻という儚い印象を受けてしまう。

翡艶にしても、目の前の十娥熙にしても、整った容貌はある種の圧力があった。

炬は呑み込まれないように疑問を口にすると、


「仲間なのにどうして攻撃してくるんだ?」

「翡艶にしては少し変わった気配がしたから確認した」


低く、良く通る声が答えてくれた。

そう言えば、珱佳(オウカ)も似たような事を言っていた。

その「変わった気配」というのはトモの部分なのだろうか。


「変わった気配がなくても仕掛けてくるだろ、お前は」

「俺の相手ができるのはお前しかいない」

「珱佳がいるだろ」

「あいつは負けると煩い」


仲間だからか、翡艶は炬と話す時とは少し違う。


「お前が都に来るのが珍しければ、シンタイに降りて人間と共にいるのはもっと珍しい」


十娥熙の疑問に、ここに来るまでの経緯とシンタイから出る方法を聞きに来たと説明した。

黙って――ほとんど反応や相槌がなかったので聞いているのか心配だったが――聞いていた十娥熙は納得して剣を鞘に戻す。

それに倣って翡艶も薙堊を消した。


「こっちだ」


案内するために十娥熙は二人の前を歩き出す。

付いて行こうとした炬は何気なく後ろを振り向くと、家の角に白いものが視界の端に見えた。

何かいるのか、見間違いなのか判らず目を瞬く。


「おい。置いてくぞ」


声をかけられて前を向くと大部離れた所に翡艶しかいなかった。

十娥熙はもっと先に行ってる事が判ると慌てて走った。

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