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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第6章 それぞれの道を考え始めちゃった。

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第九十二話 近づく二人

 桜子が帝都ローズに来て、半月が過ぎた頃だった。

「サクラコ殿、この症状についてなのですが」

 レイモンドが、資料を片手に、桜子の元を訪れる。

 二人のやり取りは、最初は、ただの医師同士のものだった。

 それが、少しずつ変わり始めたのは、いつ頃からだったか。

「サクラコ殿は、お疲れではありませんか」

 夜遅く、資料を整理していた桜子に、レイモンドが声をかけた。

「大丈夫です。もう少しで、終わるので」

「無理はなさらぬように」

 レイモンドが、そっと茶を差し出す。

「レイモンド先生、よく気がつきますね」

「職業柄、でしょうか」

 その答えに、桜子は、少しだけ違う何かを感じた。

 ◇

 ある日、後宮の庭で、二人は偶然顔を合わせた。

「サクラコ殿も、散歩を」

「はい。考え事をしたくて」

「ご一緒しても?」

「はい、ぜひ」

 二人は、しばらく無言で、庭を歩いた。

「日本が、恋しくなることは?」

 レイモンドが、ふと尋ねた。

「正直、あまり。むしろ、こちらの方が、息がしやすいです」

「レイモンド先生は、どうですか。故郷が、恋しくなったり」

「もう長く、ここで生きていますから。今さら、ですな」

 さらりと返したその言葉に、桜子は、それ以上何も感じなかった。

「サクラコ殿と話していると、不思議と心が和みます」

 その一言に、桜子の頬が少し熱くなった。

「私もです」

 そう答えてから、桜子は自分の胸がいつもより速く打っていることに気づいた。

 医師として尊敬している。それだけだと思っていた。

 けれど、こうして二人で歩く時間を楽しみにしている自分がいる。

 夕暮れの光が、庭の花々を淡く照らしていた。

 それからも、二人が共に過ごす時間は少しずつ増えていった。

 診療の合間に交わす短い会話。意見が食い違えば、互いに理由を説明し、納得するまで話し合った。夜更けまで仕事が続いた日は、どちらからともなく茶を淹れた。

 気がつけば桜子は、一日の終わりにレイモンドと話す時間を待つようになっていた。

 ある夜、月明かりの下で後宮の庭を歩きながら、桜子はふと思っていたことを口にした。

「私、ここでの暮らしに、すっかり馴染んでるんだなって。それが誰のおかげか考えたら」

 少しだけ迷ってから、続ける。

「レイモンド先生の存在が、大きいなって思いました」

 レイモンドの足が止まった。

「サクラコ殿。失礼を承知で伺います。その言葉は……どういう意味で受け取ればよろしいのでしょう」

 桜子も立ち止まった。

 ここまで言って、誤魔化す必要もない。

「好きです。レイモンド先生のこと」

 レイモンドが息を呑んだ。

「私のような、年の離れた者をですか」

「年なんて関係ないです」

 桜子はきっぱりと言った。

「一緒にいて落ち着ける。医者として尊敬できる。それに、気がついたら先生と話す時間を楽しみにしてる。それが私の答えです」

 しばらく、レイモンドは何も言わなかった。

 やがて、ためらうように手を伸ばし、桜子の手を取った。

「私も、同じ気持ちです」

 触れた手が、わずかに震えていた。

 いつも穏やかで、何があっても動じないように見える人が、自分の前では緊張している。

 そのことが、桜子には少し嬉しかった。

 けれど、レイモンドの表情に一瞬だけ影が差した。

「ただ、私は……」

「何か、ありますか」

 レイモンドは何かを言いかけ、やがて首を振った。

「……いえ。今はただ、あなたの気持ちを嬉しく思います」

 桜子はそれ以上聞かなかった。

 握られた手を、今度は自分からそっと握り返した。

 ◇

 二人の関係は、それから、ごく自然に、周りにも知られるようになっていった。

「サクラコ先生とレイモンド先生、最近、よく一緒にいらっしゃいますね」

 侍女たちの間でも、そんな話が囁かれるようになった。

 そんな噂を聞いても、桜子もレイモンドも、特に隠そうとはしなかった。

「私たちのこと、噂になってますね」

 桜子がそう言うと、レイモンドは、穏やかに笑った。

「構いませんよ。隠すようなことでは、ありませんから」

 夜ごと交わす言葉、互いを気遣う眼差し、そのすべてが、心が通い合っている何よりの証だった。

 ◇

 その噂は、やがてピーコックにいる江理の耳にも届いた。

「桜子さんと、レイモンド先生が?」

 手紙を読んでいた江理の口から、驚きの声が漏れた。

「おめでたい話じゃないですか」

 隣で聞いていたアイリスが、嬉しそうに微笑む。

 江理は、桜子の顔を思い浮かべた。

 はぐれ者と呼ばれ、どこか諦めたような目をしていた桜子が、今は誰かと心を通わせている。

 その変化が、江理には、自分のことのように嬉しかった。

「今度、帝都ローズに行ったら、冷やかしてこようかな」

「それは、サクラコさんに嫌がられそうです」

 アイリスの一言に、江理は声を上げて笑った。

 ◇

 桜子は、この穏やかな時間が、ずっと続くと信じていた。

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