第九十一話 新しいチーム
「ピーコックへ、一緒に行きませんか」
江理がそう切り出したのは、桜子が後宮ですっかり頼られる存在になった頃だった。
「ピーコック?」
桜子は、少し驚いたように聞き返した。
「ここでの仕事、まだ始まったばかりなのに」
「分かってる。でも、だからこそ、一度顔を合わせておいてほしくて」
江理は、簡単に事情を説明した。
「後宮の対応は、こちらが中心で構わない。ただ、向こうにも、婦人科を一緒にやっていく仲間がいるの。桜子さんの知識、あっちでも必要としてる人がいる」
「仲間、ですか」
「うん。一度、会ってもらいたくて」
桜子は、しばらく考え込んだ。
「セレネ様に、お許しをいただけるでしょうか」
「もう、話は通してある。少しの間なら、構わないって」
「それなら」
桜子は、少し考えてから頷いた。
「お願いします。ここでのことも、まだ手探りですけど」
「大丈夫。少しずつでいいので」
◇
帝都ローズからピーコックまで、馬車で数日の旅だった。
道中、桜子は窓の外を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「こうして見ると、本当に、別の世界なんですね」
「うん。最初は、私もそう思った」
江理は、懐かしそうに笑った。
「今は、どっちも、大事な場所」
「羨ましいです。そう言えるのが」
その言葉に、江理は少し驚いたが、何も言わなかった。
桜子にも、桜子なりの時間が、これから必要なのだろうと思った。
◇
ピーコックに着くと、診療所の前で、ハンナとアイリス、そしてアメリアが待っていた。
「初めまして。ハンナです」
「アイリスです。薬草を担当してます」
「アメリアと申します」
三人が、順番に挨拶する。
「こちらこそ、初めまして。桜子です」
桜子は、少し緊張した様子で頭を下げた。
「産婦人科医として、お力になれればと思います」
「頼もしいです」
アイリスが、嬉しそうに笑った。
「私たち、専門じゃない分野だったので、本当に助かります」
「専門じゃないのに、ここまでやってきたんですか」
桜子が、少し驚いた顔をする。
「はい。できることから、少しずつ」
ハンナが、落ち着いた声で答えた。
「症状を聞き取ることとか、記録をつけることとか。専門知識がなくてもできることは、たくさんありましたから」
「それ、素晴らしいと思います」
桜子の表情が、少し和らいだ。
「大病院だと、専門外のことには、誰も手を出さないのが普通でした。ここでは、違うんですね」
「違います」
江理が、横から答えた。
「一人が全部を背負うんじゃなくて、できることを、みんなで持ち寄る。それが、ここのやり方だから」
桜子は、その言葉を、噛みしめるように聞いていた。
「私も、ここに加わっても、いいんでしょうか」
「もちろんです」
アメリアが、笑顔で答えた。
「サクラコ先生の知識、きっと、たくさんの人を助けます」
その一言に、桜子の目が、わずかに潤んだ。
「よろしく、お願いします」
深く、頭を下げる。
ハンナ、アイリス、アメリア、そして桜子。
ようやく、ピーコックブルー王国の婦人科チームが、形になった瞬間だった。
◇
「せっかくだから、庭も見ていきませんか」
アイリスが、そう提案した。
「庭?」
「『アイリスの庭園』っていって、今、少しずつ広げてるところなんです」
案内されるまま、薬草園へ向かう。
以前よりも、さらに緑が増えていた。カモミール、ルイボス、ジャスミン、そして見慣れない花々が、きちんと区画ごとに育てられている。
「これ、全部、お茶に使えるんですか」
桜子が、興味深そうに花々を眺める。
「はい。妊娠中でも安心して飲めるものを中心に、集めてます」
「素敵な発想ですね」
桜子は、しゃがみこんで、カモミールの花に顔を近づけた。
「大病院にいた頃は、こういう、ゆったりした時間とは無縁でした」
「ここなら、ゆっくりできますよ」
アイリスが、微笑んだ。
「お茶、淹れましょうか」
「ぜひ」
◇
庭の隅のベンチで、一同が茶を囲んでいると、見覚えのある姿が近づいてきた。
「あれ、お客さん?」
マイミだった。
「マイミさん」
江理が、手を振る。
「紹介します。桜子さん。帝都ローズで召喚された、産婦人科医です」
「マイミです。内科を担当してます」
マイミが、気さくに挨拶する。
「あなたが、例の天才医師?」
「天才だなんて、そんな」
桜子が、慌てて首を振った。
「謙遜しなくていいよ。江理ちゃんから、話は聞いてる」
マイミは、楽しそうに笑った。
「これで、やっと婦人科に強い人が揃ったね」
「はい。心強いです」
江理が、頷く。
「これからよろしくね、桜子さん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
茶を飲みながら、しばらく他愛のない話が続いた。
この国の暮らしのこと、薬草のこと、これからのチームの進め方。
桜子は、その輪の中に、自然と溶け込んでいく自分を感じていた。
大病院では、決して得られなかった、温かい居場所だった。
「ここに来て、よかった」
ぽつりと漏れたその一言に、誰も特別な反応はしなかった。
ただ、アイリスが隣で、静かに頷いただけだった。
それが、桜子には、何より嬉しかった。




