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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第6章 それぞれの道を考え始めちゃった。

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第九十話 頼られる医師

 桜子がローズに来て、最初に任されたのは、サラの診察だった。

「お加減は、いかがですか」

 桜子が穏やかに尋ねると、サラは少し緊張した面持ちで答えた。

「このところ、お腹の張りが気になって」

「少し、診せていただきますね」

 桜子は、丁寧に触診を進めた。

「これは……」

「何か、問題が?」

「いいえ、心配いりません。普段より少し動かれる時間が多かったのでは?」

「……はい。最近、少し外を歩くようにしていて」

「それ自体は、良いことです。ただ、今の時期は、座って休む時間ももう少し増やした方がいいかもしれません」

 桜子は、具体的な目安を、分かりやすく説明していった。

「ありがとうございます。江理先生たちにも、お世話になりましたが」

「江理さんから、よく話を伺っています。本当に、丁寧に診てこられたんですね」

「はい。だからこそ、安心していられました」

 サラの表情が、穏やかに緩んだ。

「あの、もう一つ伺ってもいいですか」

「はい、何でも」

「産後、しばらくしても、体調が戻りきらないことがあると聞いたのですが」

「ありますね。無理に急がなくて大丈夫ですよ」

 桜子は、具体的な体の変化や、注意すべき兆候を、一つずつ丁寧に説明した。

「もし気になる症状が出たら、遠慮なく呼んでください。小さなことでも構いません」

「分かりました。ありがとうございます、サクラコ先生」

 サラは、初めてその呼び方で桜子を呼んだ。

 その響きに、桜子は、少しくすぐったいような気持ちになった。

 ◇

 別の日には、まだ年若い側妃の診察もあった。

「恥ずかしながら、こういうこと、誰にも相談できなくて」

 俯きがちに話す側妃に、桜子は静かに頷いた。

「大丈夫ですよ。恥ずかしいことじゃありません」

「本当に、ですか」

「はい。体のことで悩むのは、当たり前のことです」

 桜子は、時間をかけて話を聞き、丁寧に説明を重ねた。

「こんなに、ちゃんと聞いてもらえたの、初めてです」

 その一言に、桜子の胸が、じんわりと温かくなった。

 大病院にいた頃は、一人の患者にこれほど時間をかけることは、許されなかった。

 ここでは、それができる。

 それが、桜子にとって、何より嬉しいことだった。

 ◇

 その後も、桜子は、後宮の女性たちを、一人ずつ丁寧に診ていった。

「月のものが、以前より重くて」

「産んでから、どうにも体調が優れなくて」

 これまで、江理やマイミが聞き取ってきた悩みの数々に、桜子は専門医としての知見を加えていった。

「これは、こういう傾向のものですね。対処法は、いくつかあります」

 的確な診断と、分かりやすい説明。

 その評判は、瞬く間に後宮に広がっていった。

「サクラコ先生に診ていただくと、本当に安心する」

「悩みを、ちゃんと分かってくれる」

 そんな声が、あちこちから聞こえるようになった。

 ◇

 セレネも、桜子の診察を受けた一人だった。

「サクラコ殿。あなたの診立て、見事でした」

「恐縮です」

「これまで、婦人科系のことは、江理殿たちの善意に頼る形でした。専門の方に、きちんと診ていただけるのは、何よりありがたいことです」

 セレネは、静かに続けた。

「できることなら、このままずっと、ここにいていただきたいくらいです」

 その言葉に、桜子は、少し驚いた。

「そう言っていただけるのは、光栄です」

「お世辞ではありませんよ」

 セレネの口調は、穏やかだったが、確かな本音が滲んでいた。

 ◇

 夜、桜子は、自室でその日のことを振り返っていた。

 大病院にいた頃、自分の診断が、ここまで誰かの安心に繋がった実感は、あまりなかった。

 ここでは、一人ひとりの顔が見える。感謝の言葉も、まっすぐ届く。

 それが、桜子には、何より新鮮だった。

「はぐれ者だった私が、こんなに必要とされるなんて」

 誰に言うでもなく、そう呟く。

 机の上には、その日診た患者たちの記録が、きちんと並んでいた。

 一人ひとりの名前、症状、伝えた助言。大病院にいた頃は、書く時間すら惜しんでいたものだった。

 ここでは、その一枚一枚に、確かな意味がある気がした。

 記録をめくりながら、桜子は、ふと今日の側妃の言葉を思い出した。

「こんなに、ちゃんと聞いてもらえたの、初めてです」

 その一言が、今も胸の中で、温かく響いていた。

 窓の外には、ローズの夜景が、静かに広がっていた。

 この場所に、自分の居場所ができつつあることを、桜子は、確かに感じ始めていた。

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