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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第6章 それぞれの道を考え始めちゃった。

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第八十九話 はぐれ者の医師

 召喚から数日、桜子は皇宮の一室で、少しずつこの世界に慣れ始めていた。

「驚きました。本当に、魔法で傷が治るんですね」

 レイモンドの治療を見学しながら、桜子が感心したように呟く。

「うん。最初は、私もびっくりした」

 懐かしそうに、江理が笑った。

「でも、根本は一緒だよ。原因を見極めて、適切に対処する。それだけ」

「それだけ、って言えるのが、江理さんらしいですね」

 桜子は、そう言って、小さく笑った。

 ◇

 その夜、二人は、後宮の庭を見下ろすバルコニーで、茶を飲んでいた。

「桜子さんは、どうして産婦人科医に?」

 江理がそう尋ねると、桜子は、しばらく夜空を見上げていた。

「実家が、医者の家系だったんです」

「お医者様の家系」

「父も、祖父も、医者。生まれたときから、医者になることが決まってるような家でした」

 どこか諦めにも似た響きが、桜子の声にあった。

「決められた人生が、嫌だったんです。それでも、医者になること自体は、嫌いじゃなかった」

「それで、産婦人科を?」

「はい。人の役に立てる分野がいいと思って。女性の体って、まだまだ分かってないことが多くて、我慢させられてることも多い。そこに、意味を感じたんです」

 その言葉に、江理は、聞き取りから鎮痛剤までの道のりを思い出した。

 この人も、きっと、同じ場所に行き着いていたのだと。

「でも」

 桜子は、少し間を置いてから続けた。

「配属された病院が、大きすぎたんです。優秀な医師がたくさんいて、皆、自分のやり方を持ってた」

「桜子さんは」

「私は、ちょっと、やり方が違ったみたいで」

 苦笑する様子で、桜子が答えた。

「患者さんの話を、とことん聞きたいタイプだったんです。でも、大病院だと、一人にかけられる時間が限られてて。効率重視のやり方に、どうしても馴染めなかった」

「それで?」

「気づいたら、『はぐれ者』って呼ばれてました」

 その響きに、自嘲めいたものが混じっていた。

「腕は認められてたんです。でも、浮いてた。輪に入れない、って感じで」

 その言葉に、胸が締め付けられる。

「辛かった?」

「辛かったです。でも」

 桜子は、夜空を見上げたまま、続けた。

「召喚されたとき、真っ先に思ったのが、『これで、あの場所に戻らなくていい』だったんです」

「それは」

「薄情だと思いますか」

「ううん」

 首を振った。

「分かる気がする」

「江理さんも?」

「私は、日本に大切な人がいたから、少し違うかもしれないけど。それでも、ここに来て、新しい居場所ができたのは、本当だから」

 少し驚いたような顔を、桜子がした。

「江理さんも、最初は、戸惑いましたか」

「うん、すごく」

 笑った。

「でも、今は、ここにいる人たちが、私のことを必要としてくれてる。それが、嬉しいの」

 桜子は、しばらく黙っていた。

 それから、静かに呟いた。

「私も、そう思える場所を、見つけられるでしょうか」

「きっと、見つかるよ」

 まっすぐ、桜子を見た。

「ここには、婦人科医を、ずっと待ってた人たちがいる。桜子さんの腕を、本当に必要としてる人たちが」

 その言葉に、桜子の目に、かすかな光が宿った。

「頑張って、みます」

「うん。一緒に頑張ろう」

 夜空の下、二人は、しばらく無言で星を眺めていた。

 新しい医師の物語が、静かに始まろうとしていた。

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