第八十七話 召喚の準備
「召喚の許可を、お願いしたいです」
シアンの執務室で、江理はライリーに向き合う。
「婦人科医を、新たに呼びたいと」
「はい。パウラという、帝都の召喚士に協力してもらう予定です」
しばらく考えてから、ライリーが頷いた。
「うちの国としては、構わない。ただし」
「はい」
「呼んだ以上、その人間を、きちんと迎える責任がある。分かっているな」
「はい」
しっかりと、頷いた。
自分たちが作った、あの法律のことが、頭をよぎった。
言葉だけで終わらせず、ちゃんと守っていく。それが、今、目の前にある。
「許可する。だが、帝国側の了承も、別に取る必要があるぞ」
「それも、お願いしたいことがあって」
少し間を置いてから、続けた。
「私も、一緒に帝都へ行きたいです」
「お前がか」
「はい。これは、ただの医療人員の補充じゃないので」
言葉を選びながら、話す。
「異世界から、また一人、誰かが呼ばれる。その人がどう扱われるかは、私にとっても、他人事じゃないんです」
しばらく、江理を見ていた。
「体の方は、本当に大丈夫なのか」
ライリーの声に、硬さが混じった。
「まだ、本調子じゃないだろう」
「無理はしません。往復するだけですし、話をするだけなので」
江理がそう答えると、部屋の入り口から、静かな声がした。
「それなら、私も一緒に行こう」
ミラだった。
「ミラさん」
「一人で行かせるのは、心配だからね」
ミラは、優しく、それでいてきっぱりとそう言った。
「何かあれば、すぐに私が動く。それでいいだろう、ライリー」
ライリーは、少し間を置いてから、頷いた。
「……分かった。母上に付き添ってもらえ」
「ありがとうございます」
江理は、深く頭を下げた。
◇
帝都ローズ、皇宮の一室。
アーサーと、セレネが、江理たちを迎えた。
「召喚の件、ライリーからの書状で、話は聞いている」
アーサーが、静かに切り出した。
「婦人科の専門医が、こちらにも、そちらにも必要だということだな」
「はい」
シリルが、緊張した面持ちで答える。
「私からも、お願いがございます」
セレネが、静かに口を開いた。
「後宮の者たちの体のこと、これまでも江理殿たちに助けられてきました。けれど、専門の知識を持つ方に、継続して診ていただけたら、どれほど心強いか」
「皇后様が、直接のご希望を」
「はい。叶うなら、後宮の対応を、お願いしたいのです」
そこで、一歩前に出る。
「陛下、皇后様。一つ、お願いしたいことがあります」
「申してみよ」
「召喚される方には、必ず、帰る権利があることを、最初に伝えてほしいんです」
その言葉に、部屋の空気が、少し変わった。
「私も、マイミも、望んでここへ来たわけじゃありません。それでも、今は、ここにいることを選んでいます」
まっすぐ、アーサーを見た。
「選べることが、何より大事だと思うんです。帰りたければ帰れる、ここにいたければいられる。その両方が、ちゃんと保証されててほしい」
しばらく、何も返ってこなかった。
「……承知した」
やがて、そう答えた。
「ピーコックブルーの法に倣い、帝国としても、召喚者の扱いに関する規定を、改めて整える」
「ありがとうございます」
深く、頭を下げた。
◇
話し合いを終え、皇宮を出た帰り道、シリルがぽつりと呟いた。
「江理さん、すごいですね」
「何が?」
「普通、召喚の許可を取るだけで、こんな話まではしないと思います」
少し考えてから、答える。
「誰かを呼ぶってことは、その人の人生を、こっちの都合で動かすってことだから」
そこだけは、どうしても譲れない。
これから来るかもしれない誰かのために、できる限りのことをしておきたい。
その思いを胸に、江理は帝都の空を見上げた。




