第八十五話 動き出すシリル
アイリスの薬草園に、マルコが姿を見せたのは、庭の構想を固め始めた頃だった。
「これは……」
マルコは、まだ小さな庭を、商人らしい目でぐるりと見渡した。
「エリーさんが、庭を広げようって話してて」
アイリスがそう説明すると、見る間に、マルコの目が輝いた。
「素晴らしい。実に、素晴らしい発想でございます」
「大袈裟だよ」
江理が苦笑すると、マルコは首を振った。
「いいえ。庭を眺めながら茶を楽しむ場所、しかも身分を問わず入れるとなれば、きっと人が集まります」
「今はまだ、こんな小さな庭だけど」
「小さくて結構。むしろ、育っていく様子ごと、楽しみにする客も出てまいりましょう」
マルコは、懐から手帳を取り出し、何やら熱心に書き込み始めた。
「庭師の手配、鉢や卓の調達、茶葉の仕入れ。まずは、ピーコックとパールで試してみるのはいかがでしょう」
「試験的に、ってこと?」
「はい。小さく始めて、評判を見ながら育てる。これも、商いの常道でございます」
その言葉に、アイリスが嬉しそうに頷いた。
「よろしくお願いします」
「お任せを」
◇
話が盛り上がっていたところへ、見覚えのある青年が、おずおずと顔を覗かせた。
「あの……江理さん?」
「シリル?」
声が、少し裏返った。
「久しぶり! どうしたの、こんなところに」
「召喚術の資料を探しに、こちらまで足を延ばしていて。そうしたら、庭の噂を小耳に挟んだので」
シリルは、少し照れくさそうに頭をかいた。
「それに、その、江理さんにも、会いたかったので」
「相変わらず、素直だね」
江理は、にやりと笑った。
「ところで、シリル。最近、腰は曲がってない?」
「な、何の話ですか」
「召喚術の勉強、根を詰めすぎて猫背になってなかった?」
「……なってます」
肩を、シリルがしょんぼりと落とす。
「ほら、やっぱり」
「からかわないでくださいよ」
アイリスが、その様子を見て、くすりと笑った。
「シリルさん、相変わらずですね」
「アイリスさんまで」
ため息をつきながらも、シリルはまんざらでもなさそうだった。
それから、ふと真剣な顔になった。
「実は、相談したいことがあって」
「相談?」
「婦人科の医師が、まだこの国にいないって話、聞きました。その、召喚術で、何とかならないかと思って」
その一言に、江理は少し驚いた。
「わざわざ、それで?」
「江理さんたちが頑張ってるのに、僕だけ何もしないのは、違う気がして」
以前にはなかった真剣さが、シリルの目にあった。
江理は、その顔を見て、少し嬉しくなった。
「じゃあ、お願いしようかな」
「任せてください」
胸を張って、シリルが答えた。
まだどこか頼りない姿だったが、確かに一歩、前に進もうとしている。




