第八十三話 それでも、そばに
それから、江理は部屋にこもるようになった。
「エリー様、お食事を」
アメリアが声をかけても、ほとんど返事はなかった。
運ばれてきた食事も、半分も手をつけないまま下げられることが多かった。
「少しだけでも」
「……ありがとう。でも、今はいい」
その一言すら、絞り出すように言うのがやっとだった。
◇
マイミが様子を見に来ても、江理はベッドの中から動こうとしなかった。
「江理ちゃん」
「……ごめん、今、誰とも話したくない」
「うん。分かった」
マイミは、それ以上、何も言わなかった。
部屋の入り口に、そっと果物の籠だけを置いて、静かに去っていった。
◇
アイリスから、手紙が届いた。
開くことができないまま、机の引き出しにしまい込んだ。
読んだら、きっと涙が止まらなくなる。そんな予感がした。
◇
毎日部屋を訪れたのは、オジーだけだった。
何も言わず、ただ、江理の隣に座った。
「……今日も、来たの」
「ああ」
「何も、話すことないよ」
「別に、話さなくていい」
そう言って、窓の外を見る。
江理も、黙って天井を見つめた。
会話らしい会話もないまま、時間だけが過ぎていった。
それでも、毎日同じように、オジーは部屋を訪れ続けた。
◇
五日目の夜、江理は、ようやく口を開いた。
「……オジー」
「うん」
「私、何のために、こんなに頑張ってきたんだろう」
その声は、かすれていた。
「医者になって、この世界に来て、国を作って、結婚して。それでも、一番欲しかったものは、守れなかった」
「江理」
「何にも、ならなかった」
江理は、自分の手を見つめた。
「全部、無駄だったのかもしれない」
しばらく、何も返ってこなかった。
それから、静かに、けれどはっきりと言った。
「無駄じゃない」
「でも」
「江理が頑張ってきたことは、ちゃんと形になってる。ピーコックの診療所も、鎮痛剤も、所有物にしない国の法律も、全部、江理がいたから生まれたものだ」
「それと、これとは」
「違うことは、分かってる」
江理の手を、オジーが取る。
「それでも、言わせてくれ。お前がやってきたことは、無駄じゃない。今回のことで、その全部が消えるわけじゃない」
江理は、何も言えなかった。
ただ、オジーの手の温かさだけが、確かに伝わってきた。
「無理に元気になれとは言わない」
オジーが、続ける。
「泣きたいだけ泣けばいい。何もしたくないなら、それでいい。ただ」
「ただ?」
「一人にはしない」
その一言に、江理の目から、堰を切ったように涙が溢れた。
声を上げて、子供のように泣いた。
これまで、誰にも見せたことのない泣き方だった。
何も言わず、江理を抱きしめた。
腕の中で、江理は泣き続けた。
それでも、その腕の確かさだけが、今の江理を、この世界に繋ぎ止めていた。




