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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第5章 王太子妃になったら、スランプになっちゃった。

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第八十二話 それから

 どれくらい時間が経ったのか、江理には分からなかった。

 目を開けると、寝台の上だった。

 体の奥に、鈍い痛みが残っている。

 そして、もう一つ。

 さっきまで感じていたはずの、あの気配が、どこにもなかった。

「……江理殿」

 エイトの声が、静かに聞こえた。

 江理は、ゆっくりと目を向けた。

エイトの表情は、いつも通り穏やかだった。その奥に、何かを堪えているのが見てとれた。

「お伝えしなければなりません」

「……はい」

「子は、助かりませんでした」

 その一言が、部屋の空気を、静かに止めた。

 江理は、しばらく、言葉の意味を理解できなかった。

 理解した瞬間、何かが、胸の奥で崩れ落ちる音がした。

「……そう、ですか」

 声が、自分のものとは思えないほど、平坦だった。

「申し訳ありません」

 江理の手を握ったまま、マイミが俯く。

「全力を尽くしましたが」

「分かってます」

 江理は、そう答えた。

 医者として、何度も伝えてきた言葉だった。全力を尽くしても、助けられない命がある。

 それを、今度は、自分が言われる側になった。

 実感が、まだ追いついてこなかった。

 ◇

 部屋の外で待っていたオジーに、エイトが結果を伝えた。

 江理には、その様子を見ることはできなかった。けれど、扉越しに、何かが崩れ落ちるような、低い声が聞こえた。

 しばらくして、扉が開き、オジーが入ってきた。

 顔は青白く、目が赤くなっている。

「江理」

「……ごめん」

 江理は、それだけを口にした。

「なんで、江理が謝るんだ」

 震える声で、オジーが言う。

「謝ることじゃない」

「でも」

「江理のせいじゃない。誰のせいでもない」

 江理の手を、オジーがそっと取った。

「分かってる。頭では、分かってる」

 江理は、天井を見つめたまま、静かに続けた。

「でも、何か、違うやり方があったんじゃないかって、考えちゃう」

 もっと早く休んでいれば。

 もっと早く、誰かに本音を話していれば。

 もっと、自分を大事にできていれば。

 無数の「もし」が、頭の中を巡っていた。

 何も、オジーは言わなかった。

 ただ、江理の手を、強く握り続けた。

 その沈黙が、言葉よりも雄弁に、江理のそばにいることを伝えていた。

 ◇

 夜が更けても、江理の涙は止まらなかった。

 声を上げることも、取り乱すこともなく、ただ静かに、涙だけがこぼれ落ちていった。

 何かを失った、という事実だけが、重く、確かに、そこにあった。

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