第八十話 気づいた人
物音に気づいたのは、たまたま夜遅くまで薬草の整理をしていたアメリアだった。
居間の方から、何か崩れるような音がした。
「……エリー様?」
声をかけながら、アメリアは廊下を急いだ。
扉を開けると、江理が床にうずくまっていた。
「エリー様!」
駆け寄ったアメリアの目に、最初に飛び込んできたのは、江理の様子がいつもと違うことだった。
顔色が悪い。息が浅い。そして。
「……これ」
アメリアの手が、震えた。
江理の衣の裾に、はっきりと分かる血の色が広がっていた。
「エリー様、しっかりしてください!」
アメリアは、膝をつき、江理の体を支えた。
「アメリア、さん……」
江理の声は、かすれていた。
「大丈夫、ですから」
「大丈夫な色じゃありません」
アメリアは、震える声を抑えながら、できる限り落ち着いた口調で言った。
マーサに師事してきた日々が、頭の中を駆け巡る。
これは、ただの不調ではない。
「今、人を呼びます。動かないでください」
「待って」
江理が、アメリアの腕を掴んだ。
「大袈裟にしないで。私は」
「エリー様」
アメリアは、はっきりと遮った。
「あなたは今、お医者様じゃありません。患者様です」
その一言に、江理は何も言い返せなかった。
アメリアは、廊下に向かって声を張り上げた。
「誰か! 誰か来て! エリー様が!」
その声に、まず駆けつけたのは、近くにいた侍女だった。
「オスカー様と、マーサ様をお呼びして! それから、エイト先生か、マイミ様を!」
侍女が、慌てて走り去っていく。
アメリアは、再び江理のそばに膝をついた。
「エリー様、聞こえますか」
「……うん」
「息を、ゆっくり。大丈夫ですから」
その言葉が、本当に大丈夫なのかどうか、アメリア自身にも分からなかった。
それでも、震える声を抑えながら、ただ、江理のそばにいることだけに集中した。
遠くから、慌ただしい足音が近づいてくる。
江理は、朦朧とする意識の中で、その足音を聞いていた。
――誰か、来てくれる。
安堵と、言葉にできない恐怖が、同時に押し寄せてきた。
アメリアの手が、江理の手を、強く握っていた。
「大丈夫。私がついてますから」
その声だけが、暗くなっていく視界の中で、確かな支えだった。




