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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第5章 王太子妃になったら、スランプになっちゃった。

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第七十九話 誰もいない部屋で

 数日後、江理はシアンへ戻った。

「おかえりなさい」

 出迎えてくれたアメリアの笑顔に、江理も笑顔で応えた。

「ただいま」

 けれど、部屋に一人になった瞬間、その明るさが、すっと引いていくのを感じた。

 ピーコック村では、村人たちと話し、マイミの力を目の当たりにして、アイリスと新しい庭の構想まで立てた。確かに、元気を取り戻していたはずだった。

 それなのに、シアンに戻った途端、また同じ場所に、体ごと引き戻されるような感覚があった。

 診療所もない。公務もない。

 目の前には、また、何もない一日が広がっている。

 ――庭の話だって、結局、手を動かすのはアイリスだ。

 自分は、思いついただけ。形にするのは、いつも誰か他の人。

 そんな考えが、ふと頭をよぎった。

 ◇

「エリー様、お茶をお持ちしました」

 アメリアが、丁寧にそう声をかける。

「ありがとう」

 江理は、いつもの声で応えた。

 アメリアが部屋を出ていくと、また静けさだけが残った。

 窓の外を見る。城下の通りには、相変わらず忙しそうに行き交う人々の姿があった。

 その中に、自分の居場所はない。

 何度も感じてきたはずの感覚が、今日はいつもより重く、江理の胸にのしかかった。

 ◇

 夕方、オジーが公務から戻ってきた。

「今日は、どうだった」

「大丈夫。いつも通り」

 いつもの答えを、いつもの調子で返す。

「そうか」

 オジーは、少し江理の顔を見つめてから、公務の続きがあると言って、また部屋を出ていった。

 江理は、一人になった部屋で、しばらく動けずにいた。

 ◇

 夜、寝台に横になっても、眠気はやってこなかった。

 江理は、そっと寝室を出て、誰もいない居間に座った。

 静かな部屋の中、一人になると、昼間抑え込んでいたものが、少しずつにじみ出てくるのが分かった。

 ――王太子妃なのに。

 休ませてもらっているのに。

 皆、優しくしてくれているのに。

 それなのに、どうして、こんなに苦しいんだろう。

 誰かに当たるつもりはない。物に当たるつもりも、ない。

 それでも、込み上げてくるものは、止まらなかった。

「……ごめんなさい」

 声が、震えた。

「申し訳ない、です」

 誰に向けた言葉なのか、自分でもはっきりしなかった。

 オジーに。

 この国に。

 期待してくれている、すべての人に。

 声を押し殺しながら、江理は一人、涙を流し続けた。

 何も壊していない。誰にもぶつけていない。

 ただ、静かに、泣くことしかできなかった。

 その時、体の奥に、鈍い違和感が走った。

「……え?」

 とっさに、自分の体に手をやる。

 何かが、おかしい。

 医者としての勘が、静かに警鐘を鳴らす。

 けれど、体を起こそうとした瞬間、強い目眩が、江理を襲った。

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