↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第5章 王太子妃になったら、スランプになっちゃった。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/105

第七十八話 アイリスの庭園

 オジーがピーコック村に顔を出したのは、数日後のことだった。

「元気そうだな」

「うん、少しね」

 江理は、素直にそう答えた。

 アイリスと話したことで、気持ちは以前より軽くなっていた。けれど、まだ何かが、胸の奥に残ったままだった。

 ◇

 その夜、村はずれの小さな東屋で、二人は並んで座っていた。

「オジー」

「うん?」

「私、最近、変なこと考えるの」

「どんな?」

 江理は、少し迷ってから続けた。

「王族と庶民って、やっぱり違うんだなって」

 こちらを見る気配が、オジーからした。

「普通の妊婦さんは、普通に働いてる。無理しない範囲で、畑に出たり、店番したり。でも私は、王太子妃だからって、全部取り上げられた」

「江理」

「悪いのは誰でもないって、分かってる。みんな、私のことを思ってくれてるのも」

 江理は、膝の上で手を握った。

「それでも、自分だけ、違う世界に来てしまったみたいな気がして」

 しばらく、何も返ってこなかった。

「そんなことはない」

 やがて、はっきりとした声で言った。

「身分が違っても、江理が江理であることは変わらない」

「でも」

「俺たちは、生まれた場所も立場も違う。それは、否定しない」

 江理の手に、そっと自分の手を重ねる。

「でも、みんなの暮らしを良くしたいって思う気持ちは、江理も俺も、変わらないと思う」

 その言葉に、江理は顔を上げた。

「……うん」

「江理が王太子妃になったからって、その気持ちまで取り上げられたわけじゃない。ただ、動き方を、少し変えればいいだけだ」

 その言葉が、江理の中に、静かに染み込んでいった。

 ◇

 翌朝、江理はアイリスの薬草園を再び訪れた。

「エリーさん、おはようございます」

「おはよう。昨日、考えたことがあるんだけど」

「何ですか?」

「このお茶の薬草園、もっと大きくできないかな」

 江理は、思いついたことを、順番に話し始めた。

「庭を眺めながら、お茶を飲める場所。身分に関係なく、誰でも入れる喫茶店」

「それ……」

 目を、アイリスが輝かせる。

「素敵です。でも、庭師を呼んだり、場所を整えたりするのは、大変そうですね」

「最初から、立派にしなくていいと思う」

 江理は、続けた。

「少しずつでいい。まずは、この薬草園を広げるところから」

「少しずつ、ですか」

「うん。庭師さんも、一人からで十分。育てながら、形にしていけばいい」

 しばらく考えてから、アイリスが頷いた。

「やってみます。エリーさんも、一緒に考えてくれますか」

「もちろん」

 江理は、久しぶりに、自分の中で何かが動き出す感覚を覚えた。

 診療所には戻れない。公務にも出られない。

 それでも、こうして何かを育てることなら、今の自分にもできる。

「名前、どうする?」

「名前?」

「この庭の」

 江理がそう言うと、アイリスは少し照れたように笑った。

「エリーさんが、決めてください」

「じゃあ」

 江理は、少し考えてから答えた。

「『アイリス』は、どうかな。あなたが育てた庭だから」

「私の名前を?」

「うん。だめ?」

「……いえ」

 じんわりと、アイリスの目に涙が浮かぶ。

「嬉しいです」

 二人は、まだ何もない土の広がる薬草園を、しばらく見つめていた。

 そこに、いつか咲くはずの庭を、二人とも思い描いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。