第七十七話 女神の力
村を歩いていると、畑の方角から、賑やかな声が聞こえてきた。
「何かあったのかな」
アイリスと一緒に向かうと、畑の真ん中に、マイミが立っていた。
その周りを、十人の妖精たちが、光の粒となって飛び回っている。
「マイミさん、何してるんですか」
江理が声をかけると、マイミが振り返って笑った。
「江理ちゃん、いいところに。ちょっと見ててよ」
マイミが、両手を空へ向けて掲げる。
その手のひらから、淡い光が溢れ出した。
光は、妖精たちの光と混じり合い、やがて畑の上に、細い水の筋となって降り注いだ。
「わあ……」
アイリスの口から、声が漏れる。
乾きかけていた土が、その光を吸い込むように、瑞々しい色を取り戻していく。
畑の端では、光がまた別の形を作り、小さな水路のようなものが、地面に静かに刻まれていった。
「これ、川を?」
「うん。この辺り、水はけがよくなかったから」
マイミは、額の汗を拭いながら答えた。
「妖精たちの力と、私の力を合わせると、こういうこともできるみたい」
『みんなで、がんばった!』
ノアが、誇らしげに胸を張る。
『おみずも、さくもつも、げんきになる!』
光の粒が、次々と畑の上を舞った。
しばらくして、光が収まると、そこには、細く小さな水の流れができていた。
「まだ、終わりじゃないよ」
マイミが、少し先の窪地を指さした。
「あっちも、やっちゃおうかなって」
「あっちって」
江理が目をやると、そこは、以前から水が溜まりやすく、ぬかるんでいた場所だった。
マイミが、再び両手を掲げる。
妖精たちの光が、その周りに集まり、渦を巻くように動き始めた。
「これは……」
窪地の縁が、光を受けてゆっくりと形を変えていく。
水が四方から流れ込み、深く、澄んだ水面が、少しずつ広がっていった。
『みずうみ、できた!』
ミトが、水面すれすれを飛びながら、嬉しそうに叫ぶ。
できあがったのは、小さいながらも、静かに光を映す湖だった。
「ここなら、雨の多い時期でも溢れないし、水を溜めておける。乾いた時期には、さっきの川に流せばいい」
マイミが、満足げに水面を眺めた。
「魚も、そのうち棲みつくかもね」
「湖まで、作れるんですね」
「作れるっていうか……まあ、やってみたら、できた、みたいな」
マイミは、少し照れたように笑った。
「これくらいなら、まだ序の口だよ」
「序の口?」
「もっと大きい水場も、やろうと思えばできなくはない。湾とか、海とか」
「う、海?」
声が、裏返った。
「あくまで、やろうと思えば、の話ね」
マイミは、慌てたように手を振った。
「そんな大それたこと、今はしないよ。土地の形が変わりすぎたら、皆が困るでしょ」
『うみ、みたい!』
ノアが、目を輝かせて飛び跳ねる。
『だめ! みずうみで、じゅうぶん!』
ロトが、慌てて止めに入った。
その様子に、つい笑いがこぼれた。
とんでもない力を持ちながら、それをきちんと加減できる人なのだと、改めて実感する。
風が吹き抜けると、湖面が細かく波打ち、光を弾いた。
その光景は、江理がこれまで見てきたどんな景色とも違っていた。
「すごい……」
しばらく、江理はその光景から目を離せなかった。
自分には、医療の知識しかない。目の前の一人ひとりを、丁寧に診ることしかできない。
けれど、マイミと妖精たちは、こうして土地そのものを、少しずつ豊かに変えていける。
「マイミさんって、本当にすごいんですね」
「今更?」
マイミが、いたずらっぽく笑った。
「江理ちゃんだって、すごいよ。私にできないこと、たくさんやってるじゃない」
「そう、かな」
「そうだよ」
マイミは、汗を拭いながら、水路を眺めた。
「これも、江理ちゃんたちが作った道や井戸があってこそ、活きる力だから。一人じゃ、何もできないよ」
その言葉に、江理は少しだけ、救われた気がした。
この国は、色んな人の力が積み重なって、少しずつ形になっている。
自分は、今は何もできていないけれど、それでも、これまで積み上げてきたものは、確かにここにある。
そう思うと、胸の奥が、わずかに軽くなった。




