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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第5章 王太子妃になったら、スランプになっちゃった。

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第七十三話 新しい命

 妖精たちの言葉が、頭から離れなかった。

 ――新しい、光。

 その夜、江理は自分の体調を、一つずつ振り返ってみた。

 このところ、少し疲れやすい。食べ物の好みが、微妙に変わった気がする。匂いにも、以前より敏感になっている気がした。そして、月のものも、少し遅れている。

 一つひとつは、取るに足らないことだと思っていた。忙しいから、季節の変わり目だから、と理由をつけて流してきた。

 でも、こうして並べてみると、無視できない符合があった。

 医者として、何度も他人に同じ問診をしてきた。年齢、周期、体調の変化。それを聞いて、可能性を絞り込んでいく作業は、いつも慣れたものだった。

 それを、自分自身に向けたことは、これまであまりなかった。

「……まさか、ね」

 口に出してみると、思っていたより現実味を帯びて聞こえた。

 ――気をつけて、たはずなのに。

 子どもについては、まだ早い。そう二人で話し合って、それなりに気を配ってきたつもりだった。

 医学の知識も、それなりにある。それでも、絶対はない。

 頭では分かっていたはずのことが、まさか自分の身に起きるとは、思っていなかった。

 翌朝、江理はマイミに相談した。

「妊娠?」

 マイミの目が、輝いた。

「江理ちゃん、それ、すぐ調べよう」

「まだ、確かなことは」

「だからこそ、調べるんでしょ」

 マイミに背中を押されるまま、江理は自分の体を診てもらうことになった。

 ◇

「間違いないと思う」

 診察を終えたマイミが、静かにそう告げた。

 江理は、しばらく言葉が出なかった。

「……本当に?」

「うん。おめでとう、江理ちゃん」

 その一言に、実感が、じわりと胸に広がっていく。

 これまで、数えきれないほどの新しい命に立ち会ってきた。けれど、それが自分のこととなると、まったく違う重みがあった。

「オジーに、伝えなきゃ」

「今すぐ?」

「今すぐ」

 勢いよく、立ち上がっていた。

 ◇

「本当か」

 知らせを受けたオジーは、しばらくその場に立ち尽くしていた。

「本当」

「江理が……俺の……」

 言葉にならない様子で、オジーは何度も頷いた。

 それから、江理の手をそっと取った。

「ありがとう」

「まだ、これからだよ。無事に生まれるまで、色々あるから」

「分かってる。それでも、ありがとう」

 その声には、これまで聞いたことのない、深い喜びが滲んでいた。

 ◇

 知らせは、すぐに城中に広がった。

「おめでとうございます!」

 真っ先に駆けつけたアイリスが、涙ぐみながら抱きついてくる。

「マーサさんにも、報告しなきゃ」

「もう聞いたよ」

 いつの間にか部屋の入り口に立っていたマーサが、満足げに笑っていた。

「妖精たちが、先に教えてくれてね」

「え、もう知ってたんですか」

「あの子たちは、そういうことに敏いからね」

 窓の外では、妖精たちが嬉しそうに飛び回っていた。

『あたらしい、いのち!』

『おめでとう、エリー!』

 その声に、江理は自然と笑みがこぼれた。

「昨日、ノアたちが言ってた『新しい光』って、これのことだったんですね」

 江理がそう言うと、マーサが小さく頷いた。

「あの子たちには、あたしたちより先に見えるものがあるんだろうね」

「頼りになりますね」

「まったくだよ」

 その日のうちに、シアンとピーコック村の両方に、知らせが届けられた。

 イアン、ハンナ、フィン、マリー、リアム。ピーコック村とパール村から、次々とお祝いの言葉が寄せられた。

 夕方には、ライリーとミラも顔を出した。

「よくやった」

 ライリーは、珍しく江理の肩に手を置いた。

「無理はするなよ。今度ばかりは、俺たちも遠慮なく言わせてもらう」

「はい」

 江理は、素直に頷いた。

 まだ、この言葉の重みに、どれほどの意味があるのか、江理は気づいていなかった。

 これから始まる新しい日々に、まだ何も知らない期待だけが、静かに膨らんでいた。

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