第七十一話 誓いの言葉
式の朝、江理は鏡の前に立っていた。
「緊張してます?」
アイリスが、髪を整えながら尋ねる。
「うん、少し」
正直にそう答えると、アイリスは優しく微笑んだ。
「大丈夫です。私が、ちゃんと綺麗に仕上げますから」
仕上がった姿を鏡で見て、しばらく声が出なかった。
深い青の衣装。左手には、あの日からずっと持ち続けてきたサファイアの指輪。
「……こんな日が来るなんて」
「来たんですよ」
アイリスが、静かに言った。
「異世界に来たばかりのエリーさんを、あの日、村長さんの家に案内したのは私です。あの時は、まさかこんなことになるなんて、思ってもいませんでした」
「私もだよ」
江理は、鏡越しにアイリスを見た。
「アイリスがいなかったら、私、ここまで来られなかった」
「私こそ」
アイリスの目に、涙が浮かんだ。
「エリーさんに出会って、私の人生、全部変わりました」
二人は、しばらく無言で見つめ合ってから、どちらからともなく笑った。
「泣いたら、化粧が崩れます」
「そうだね」
◇
式場となった広間には、多くの人が集まっていた。
アーサー、セレネ、ルイス、サラ。帝国からの賓客たち。
イアン、ハンナ、フィン、リアム、マリー。ピーコックとパールの人々。
マルコ、シリル。そして妖精たちも、天井近くを静かに飛び回っていた。
正面には、ライリー、マーサ、ミラの姿がある。
江理は、ゆっくりと歩を進めた。
一歩ごとに、これまでの日々が頭をよぎる。
召喚された日の混乱。診療所を始めた朝。城塞での日々。皇宮で聞いた、誰にも言えなかった悩みの数々。そして、建国。
その全てが、今日この日へ繋がっていた。
壇上で待っていたのは、正装に身を包んだオジーだった。
「綺麗だ」
小さく、そう呟くのが聞こえた。
「ありがとう」
二人は、向かい合った。
式を執り行うのは、シアン公爵だった。
「誓いの言葉を」
オジーが、まっすぐ江理を見た。
「俺は、江理を生涯大切にすることを誓う。医者として生きることも、俺の隣にいることも、どちらも尊重する」
その言葉に、江理は目を見開いた。
誓いの言葉に、そこまで具体的な約束を入れるとは、思っていなかった。
「江理」
今度は、江理の番だった。
これまで積み重ねてきた言葉を、江理は自分の言葉で紡いだ。
「私は、オジーの隣で、これからも医者として生きることを誓います。あなたが困っている人を見過ごせないように、私も同じです。その二つを、両方大事にしていきたいです」
オジーが、小さく頷いた。
「それでいい」
二人の手が、重なった。
広間に、拍手が広がる。
妖精たちが、歓声を上げながら二人の周りを飛び回った。
『エリー、おめでとう!』
『オジーも、おめでとう!』
その声に、江理は笑った。
窓の外には、抜けるような青空が広がっていた。
帰りたい場所は、今日また一つ、確かな形になった。




