第七十話 結婚式の準備
シアンの城は、朝から慌ただしかった。
「衣装の仮縫い、こちらでお願いします」
「花はどちらに?」
「式次第の確認が、まだ済んでいません」
行き交う人々の声に、江理は少し呆然としながら立っていた。
「……こんなに、大掛かりになるんですね」
「王太子の婚礼だからね」
マーサが、呆れたように笑った。
「あんたが思ってるより、ずっと大きな話なんだよ」
衣装合わせの部屋では、アイリスが真剣な顔で布地を選んでいた。
「エリーさん、こっちの色はどうですか」
「アイリスがそう言うなら、任せる」
「駄目です、自分でちゃんと選んでください」
叱られて、江理は苦笑した。
結局、選んだのは、深い青の生地だった。
「これ、サファイアと同じ色みたいですね」
アイリスがそう言うと、江理は自分の左手を見た。
あの日、オジーから渡された指輪が、変わらずそこにあった。
◇
「式次第だが」
執務室では、ライリーとエイトが、山のような書類を前に話し合っていた。
「帝国からの賓客もお招きする。アーサー陛下、セレネ様、ルイス殿下、サラ様」
「マルコさんも、呼びたいです」
江理がそう申し出ると、ライリーは頷いた。
「もちろんだ。あの男には世話になっている」
「シリルさんも」
「あの召喚士か」
ライリーは、少し考えてから頷いた。
「呼んでやれ。文句を言う理由もない」
招待客の名前が、一つずつ紙に書き加えられていく。
村の人たちの名前もあった。イアン、ハンナ、フィン、そしてパール、カナリ、アガットの領主たち。
「こんなに大勢……」
江理は、その名簿を見て、改めて実感した。
この結婚は、江理一人のものではない。
多くの人たちが、それぞれの立場で関わり、支えてくれている。
◇
夕方、庭でオジーと二人になった時間があった。
「準備、大変か」
「うん。想像してた何倍も」
「悪かったな、大事にしすぎて」
「ううん」
江理は、首を振った。
「これだけたくさんの人が関わってくれるのって、なんか、ありがたいなって思う」
オジーは、少し照れたように視線を逸らした。
「俺も、緊張してる」
「そうなの?」
「当たり前だろ。国中が見てるんだぞ」
その言葉に、江理は少し笑ってしまった。
「オジーでも緊張するんだ」
「するに決まってる」
むきになったその様子に、江理は懐かしさを覚えた。
17歳だった頃と、変わらない部分も、まだ残っている。
「江理」
「うん」
「その日を、楽しみにしてる」
「私も」
二人の間に、穏やかな沈黙が流れた。
城の窓には、準備に追われる人々の灯りが、いくつも点っていた。




