第六十八話 他国の王女
シアンの城に、思いがけない知らせが届いた。
「ゼファリアから、縁談の申し入れが?」
執務室で、書状を手にしたライリーの言葉に、聞き返してしまう。
「ああ。オスカーに、だ」
ライリーは、書状を卓に置いた。
「ヤスミン第二王女を、正妃にどうか、という話だ」
「ヤスミン様……」
江理も、その名前には聞き覚えがあった。オジーが、時折その名を口にしていたからだ。
こちらを、ライリーが見る。
「顔色が悪いぞ」
「いえ、大丈夫です」
そう答えたものの、頭の中では、様々な考えが渦巻いていた。
◇
その夜、江理はオジーの部屋を訪ねた。
「ヤスミン様の話、聞いた」
「ああ」
短く、オジーが答える。
「断る」
「……どんな方なの?」
江理は、思い切って尋ねた。
「幼い頃、父上に連れられて、一度会ったことがある。それから、何度か手紙のやり取りもした」
「手紙?」
「うちが国を興すことになったとき、誰より喜んでくれた一人だ。ゼファリアも、昔うちの旧王家と縁があったらしくてな」
オジーは、そこで一度言葉を切った。
「幼馴染みたいなものだ。それ以上でも、それ以下でもない」
江理は、その説明を聞いて、かえって落ち着かなくなった。
顔も知らない相手より、むしろ人となりの見える相手の方が、比べてしまう分だけ重い気がした。
「王女様なんでしょう。身分も、年も、私よりずっと釣り合いが取れてる。しかも、オジーのこと、よく知ってる人なんだよね」
「それが、何だ」
「だって」
江理は、言葉を探した。
「私、十も年上だし、王家の生まれでもない。ヤスミン様となら、国同士のことを考えても、色々うまくいくんじゃないかって」
オジーは、しばらく江理を見つめていた。
「江理」
「うん」
「国のために結婚するなら、そもそも江理に好きだって言ってない」
その言葉に、何も言えなくなった。
「ヤスミン様のことは、大事な人だと思ってる。それは本当だ。でも、それとこれとは別だ」
「別、って」
「身分とか、年とか、そういうことで選ぶ気なら、とっくにそうしてる。俺が欲しいのは、江理だ」
「……でも、周りは、そうは思わないかもしれない」
「周りがどう思おうと、関係ない」
オジーの声には、迷いがなかった。
「江理は、俺が選んだ相手じゃなくて、他の誰かが選んだ方がいいと思ってるのか」
「そういうわけじゃ」
「なら、それでいい」
少し、オジーの表情が緩んだ。
「不安になる気持ちは、分かる。でも、俺の答えは変わらない」
江理は、しばらく黙っていた。
それから、小さく息を吐いた。
「……ありがとう」
「礼を言われることじゃない」
「言いたいから、言ってるの」
少し照れたように、視線を逸らす。
「ヤスミン様への返事は」
「もう、断りの返書を書いた。友人として、これからも変わらずにいたいとも添えて」
「そう」
江理は、ようやく肩の力を抜いた。
「私、変なこと考えちゃってごめん」
「変なことじゃない」
静かに、オジーが首を振った。
「江理がそう思うのも、無理はない。だから、これからも、思ったことは言ってほしい。一人で抱え込むな」
その言葉に、頷いた。
窓の外には、いつもと変わらないシアンの夜があった。
それでも、江理の中で、何かが一つ、確かに軽くなっていた。




