第六十六話 十八歳の誕生日
その日の朝、シアンの城には、いつもより人が多く出入りしていた。
「今日は、何かあるんですか」
江理が尋ねると、アイリスが目を丸くした。
「エリーさん、忘れてるんですか?」
「何を?」
「今日、オジーの誕生日ですよ」
言われて、声が上ずった。
「今日だったの!?」
「知らなかったんですか……」
アイリスが、呆れたような、それでいて少し面白がるような顔をした。
「十八歳、ですよね」
「うん」
その一言に、江理の中で、何かが小さく音を立てた。
◇
夕方、広間には簡素な宴の用意がされていた。
ライリー、マーサ、ミラ、そしてピーコックから駆けつけたイアンやハンナの姿もある。
「誕生日おめでとう」
次々とかけられる祝いの言葉に、オジーは少し照れくさそうにしていた。
「今日から、十八か」
ライリーが、杯を掲げながら言った。
「成人だ。もう、子供扱いはできんな」
「今までだって、子供扱いはやめてほしかった」
オジーが、すかさず言い返す。
周囲から、笑いが起こった。
その笑いの輪の中に、江理もいた。けれど、心のどこかで、いつもと違う感覚があった。
これまでは、どこかで安心していた。
まだ十七歳だから。
その一言が、決断を先延ばしにする、確かな理由になっていた。
でも、今日からは、その理由が使えない。
◇
宴が一段落した頃、江理は一人、庭へ出た。
夜風が、頬を撫でていく。
「先生」
いつの間にか、オジーが隣に立っていた。
「今日から、江理って呼んでいいだろ」
「もう、呼んでるでしょ」
「そうだったな」
オジーは、少し笑った。
その笑い方に、これまでとは違う何かがあった。子供っぽさが薄れて、それでも江理の知っているオジーのままだった。
「十八歳、おめでとう」
「ああ」
二人の間に、しばらく沈黙が流れた。
「江理」
「うん」
「覚えてるか。十七になったばかりの頃、俺が渡した指輪のこと」
「もちろん」
「大人になっても、気持ちが変わらなかったら、もう一度言えって言ったよな」
江理は、頷いた。
「言った」
「まだ、その日じゃない」
オジーは、そう言った。
「今日、いきなり結婚してくれとは言わない。ちゃんと、時間をかける」
その言葉に、江理は少し驚いた。
「……いいの?」
「江理が、ちゃんと考える時間が欲しいなら、それでいい。俺は、待つのは得意になった」
その一言に、あの領地を回っていた日々のオジーの姿が重なった。
失敗して、叱られて、それでも逃げずに、もう一度向き合い続けてきた姿。
「ただ」
オジーは、続けた。
「もう、十七歳の子供だとは思わないでほしい」
「……うん」
江理は、小さく頷いた。
「もう、そうは思ってないよ」
その言葉に、オジーの表情が、わずかに緩んだ。
夜空には、月が静かに浮かんでいた。
江理は、まだ答えを出せずにいた。
それでも、これまでのように、答えを先延ばしにする理由は、もうどこにもなかった。




