第六十五話 所有物にしない国
シアンの広間に、ライリー、マーサ、オジー、そして江理とマイミが集まっていた。
「今日は、法の話をする」
ライリーが、地図の代わりに、一枚の白紙を卓に広げた。
「建国にあたって、決めておかなければならないことがある」
「法、ですか」
江理が尋ねると、ライリーは頷いた。
「異世界から呼ばれた者の扱いについてだ」
その一言に、江理とマイミは顔を見合わせた。
「江理、お前は献上物にされかけた。ルイス殿からは、側室にと望まれた」
「……そうですね」
「マイミ、お前は、正妃にと強要され、屋敷に閉じ込められた」
マイミは、静かに頷いた。
「二人とも、本人の意思とは関係なく、誰かの所有物にされかけた。ピーコックブルーでは、それを許さない」
ライリーは、白紙に文字を書き始めた。
「異世界より召喚された者は、いかなる身分の者であっても、本人の意思に反して婚姻、軟禁、労役を強いられることはない。召喚した者、及びこれを利用しようとした者には、相応の罰を科す」
「これを、正式な法にするんですか」
「する」
ライリーの声に、迷いはなかった。
「うちの国には、召喚術士もいる。今後、異世界から人が呼ばれることも、ないとは言えん。その時、また同じことが起きるのを、見過ごすわけにはいかない」
マーサが、横から静かに口を挟んだ。
「あたしも、賛成だよ。マイミの話を聞いて、余計にそう思った」
「マーサさんも聞いたんですか」
「聞いたさ。江理、あんたの話もね」
マーサの目には、これまでにない真剣さがあった。
「力があるからって、都合よく使われていい理由にはならない。それは、この世界の人間だろうと、異世界から来た人間だろうと、同じことだ」
オジーが、初めて口を開いた。
「俺も、賛成だ」
「お前の意見は聞いていない」
「聞いてなくても言う」
ライリーが、少し呆れたように息子を見たが、それ以上は何も言わなかった。
「江理、マイミ。この法に、お前たちの名前を残そうと思う」
「私たちの?」
「この法が作られるきっかけとなった者として、記録に残す」
その言葉に、江理は胸の奥が熱くなった。
「私は、それでいいんでしょうか。私一人の経験じゃないのに」
「一人の経験じゃないから、意味がある」
ライリーは、はっきりと言った。
「お前たちが声を上げなければ、この法は生まれなかった」
マイミが、江理の隣で小さく笑った。
「江理ちゃん、これ、けっこう大きいことだよ」
「うん」
「私たちが呼ばれたこと、無駄じゃなかったってことにもなる」
その言葉に、江理は頷いた。
異世界から来たことは、選んだわけではなかった。
それでも、その経験が、これから呼ばれる誰かを守る形になる。
「よろしくお願いします」
江理は、深く頭を下げた。
マイミも、同じように頭を下げた。
卓の上の白紙には、まだ書きかけの文字が並んでいる。
それでも、そこには確かに、一つの国の意思が、静かに形になろうとしていた。




