第六十三話 辺境伯の激怒と、迎えに行く決意
「その記録、私にも見せてもらえますか」
マイミの話を聞いた翌日、江理はアーサーの元へ、あの召喚許可の記録を持ち込んでいた。
同席していたエイトが、静かに切り出す。
「陛下。この件、調査をお任せできる者に心当たりがございます」
「誰だ」
「ルカです。ガルド卿の一件でも、確かな仕事をした男ですので」
少し考えてから、アーサーが頷いた。
「呼べ」
◇
数日後、ルカが調査の報告に現れた。
「辺境伯領内の下位貴族、エイモス・クレイグ。召喚許可の申請から結果の空白、召喚士レビ・バールの失踪。すべて、記録と符合いたしました」
「辺境伯は」
「何も知らなかったものと思われます。国境の防衛に力を注いでおられ、領内の細部にまでは目が届いていなかったようです」
「辺境伯を呼べ。事実を、直接伝える」
◇
「……我が領内で、そのようなことが行われていたというのか」
辺境伯ヘンリー・オルテガの声は、怒りで震えていた。
白髪の混じった髭を持つ、大柄な男だった。少し離れた場所から、江理はその姿を見ていた。
「エイモス・クレイグは、私の目の届く範囲にいたはずだ。それを、見逃していたと」
「辺境伯」
静かに、アーサーが言葉を挟む。
「そなたを責めるつもりはない。広い領地を任せている以上、こうしたことは起こり得る」
「陛下のお言葉、ありがたく存じます。ですが」
拳を、ヘンリーが握りしめる。
「私自身が、許せません」
その日のうちに、エイモス・クレイグの屋敷へ、調査の手が入ることになった。
◇
「アメリアさんは、今どうなってるんですか」
処分の詳細が固まりつつある頃、マイミがルカに詰め寄るように尋ねた。
「夫の裁きが決まるまで、証人として、屋敷に留め置かれております」
「屋敷に? まだ、あの家に?」
鋭くなった声で、マイミが言う。
「レビさんは、口封じで消されました。アメリアさんが、同じ目に遭わないとは言い切れません」
その指摘を、ルカは否定しなかった。
「……一理、ございますな」
「私、迎えに行きます」
迷わず、マイミが言った。
「江理ちゃん、ライリーさんに話してくれる? 護衛を貸してほしいって」
「うん、すぐ聞いてみる」
◇
ライリーの許しを得て、マイミは江理、護衛と共に、エイモスの屋敷へ向かった。
屋敷は、既に帝国の管理下に置かれている。応対に出た役人に、マイミは臆することなく告げた。
「アメリア・クレイグさんを、シアンへお連れします。ここより、安全な場所で保護していただきたいので」
ルカからの書状を確かめると、役人はすぐに通してくれた。
奥の一室で、マイミを待っていたのは、白髪の交じり始めた、穏やかな顔立ちの女性だった。
「……マイミ、さん?」
その声に、足を止める。
「アメリアさん」
しばらく、二人は見つめ合ったまま動かなかった。
「生きて、いらしたのね」
アメリアの目に、涙が浮かんだ。
「迎えに、来ました」
まっすぐ、アメリアを見る。
「ここにいたら、危ないかもしれません。安全な場所へ、一緒に来てください」
「私が、あなたに助けてもらう番だなんて」
静かに、アメリアが首を振る。
「あの時は、それしかできなかった。夫の犯していることを、止められなかった。あなたに、逃げ道を用意することしかできなかった」
「それで、十分でした」
アメリアの手を、そっと取る。
「あの時、逃がしてくれたから、私、エイトに会えたんです。今の、夫です。あなたのおかげで、今の私がいます」
しばらく、アメリアは何も言わなかった。
それから、静かに涙をこぼした。
「そう。……幸せに、なれたのね」
「はい。だから、今度は私が」
もう一度、アメリアの手を強く握った。
「一緒に、行きましょう」
窓の外に見える馬車を指さすと、アメリアは、しばらく躊躇うように視線をさまよわせてから、小さく頷いた。
「……分かりました」
その返事に、マイミは、ようやく肩の力を抜いた。




