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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第4章 いつのまにか、国づくりまで始まっちゃった。

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第六十二話 マイミの過去

「……その名前、知ってる」

 いつもより低く、静かな声だった。

「レビ・バール。私を、この世界に呼んだ人」

 何も言わず、続きを待つ。

「今から話すこと、誰かに聞かれたくないんだけど、いい?」

「うん」

 診療所の扉に、鍵をかけた。

 しばらく自分の手を見つめてから、マイミが口を開いた。

「私を呼んだのは、レビさんっていう召喚士。でも、その人に頼んだのは、別の人だった」

「辺境伯……じゃないんだよね」

「うん。辺境伯様は、たぶん何も知らない」

 静かに、マイミが続ける。

「私を呼んだのは、辺境伯領内に住む、下位の貴族。エイモス・クレイグっていう人」

「エイモス」

「最初は、ただの実験だったんだと思う。異世界人には、特別な力が宿ることがあるって、噂を聞いてたみたい。何人か、召喚を試させてたらしくて」

「何人か?」

「うん。詳しくは分からない。でも、私の前にも、後にも、他の誰かがいたはず」

 言葉が、出てこなかった。

「私が呼ばれたとき、エイモスは、すぐに気づいたんだと思う。私が、ただの人間じゃないって」

「……女神級の力」

「そう。それが分かった瞬間、扱いが変わった」

 その声は淡々としていて、それがかえって重く響いた。

「最初は、丁重だったの。綺麗な服を着せられて、部屋も用意されて。でも、だんだん、力を使えって言われるようになった」

「力って」

「治せとか、祝福しろとか、もっと出せとか」

 小さく、マイミが息を吐く。

「そのうち、エイモスが言い出したの。息子の、カイルの正妃にするって」

「正妃……」

「力も、血筋も、家に取り込むつもりだったんだと思う。断ったら、屋敷から出してもらえなくなった」

「レビさんは」

「呼んでくれた人。あの日から、一度も会ってない」

 その言い方に、江理は察した。

「……殺されたの?」

「たぶん。証拠を消すために」

 静かに、マイミが頷いた。

「私、それを聞いたとき、初めて本当に怖くなった。呼んでくれた人さえ、消されるんだって」

 部屋に、しばらく沈黙が落ちた。

「でも、逃げられたんだよね」

 江理がそう言うと、マイミの表情が、少しだけ緩んだ。

「アメリアさんが、助けてくれた」

「アメリアさん?」

「エイモスの奥さん」

 遠くを見るような目で、マイミが言う。

「最初は、逆らえない人だった。でも、私がどんどん追い詰められていくのを見て、耐えられなくなったんだと思う。ある晩、こっそり呼び出されて」

「――ここから、お逃げなさい」

 その言葉を、マイミはそのまま口にした。

「逃げる道と、お金と、着替えをくれた。皇宮へ行くかどうかは、自分で決めなさいって」

「皇宮には、行かなかったんだね」

「行けなかった」

 首を、マイミが振った。

「貴族に捕まって、次は皇帝を頼れって言われても、無理だった。権力を持ってる人は、みんな同じに見えたから」

「それで、帝都で」

「身分も、名前も隠して、踊り子になった」

 そこで初めて、マイミが少し笑った。

「エイトに出会うまで、誰にも本当のこと、話してなかった」

「エイトさんには」

「あの人は、何も聞かなかったから」

 その言葉に、胸の奥が熱くなった。

「私が誰でも、何を持ってても、関係なかった。ただの踊り子だと思って、それでも好きになってくれた」

「だから、信じられたんだね」

「うん」

 マイミが頷く。

「江理ちゃんにも、いつか話さなきゃって思ってた。同じ、呼ばれた側だから」

「話してくれて、ありがとう」

 静かに、そう伝えた。

「アメリアさんは、今」

「分からない。あれから、一度も」

 マイミの声に、初めて迷いが滲んだ。

「もし生きてるなら……会いたい。でも、どんな顔をしていいか、分からない」

 窓の外は、もう暗い。

 マイミの手を、そっと握った。

「今度、一緒に探してみよう」

「……うん」

 小さな声が、静かな部屋に落ちた。

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