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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第4章 いつのまにか、国づくりまで始まっちゃった。

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第六十話 一人で任された仕事

「江理も、来るか」

 翌朝、アガット村へ向かう馬車に、そう声をかけられた。

「鎮痛剤の様子を見に行こうと思ってたところだから、ちょうどいい」

「そうか」

 馬車には、オジーと江理、そして予算の書類を抱えた文官が一人、乗っていた。

 ライリーの姿はなかった。

「今日は、ライリーさん一緒じゃないの?」

「一人でやってこいって」

 オジーは、窓の外を見ながら答えた。

「昨日の分、取り返せってことだと思う」

 その声には、緊張と、それを抑え込もうとする落ち着きが同居していた。

 ◇

 アガット村に着くと、昨日会った農夫が、少し驚いた顔で出迎えた。

「本当に、もう一度来たのか」

「約束しましたので」

 やり取りを聞きつけて、アガットの領主――先日、男爵位を授かったばかりのモリスが、奥から姿を見せた。

 オジーは、文官から書類を受け取り、モリスと農夫の前に広げた。

「用水路の修復について、改めてお話しします」

 必要な人手、材料、かかる日数。そして、いつから始め、いつまでに終わらせるか。

 一つひとつ、具体的な数字とともに説明していく。

「予算については、王都の会計方と確認済みです。今日、この場でお約束できます」

「本当に、そんなに早く動くのか」

 モリスが、半信半疑の顔で聞き返す。

「動きます」

 オジーの声に、迷いはなかった。

「昨日、確認もせず約束してしまいました。今日は、確認した上でお約束します」

 その一言に、農夫が目を見開いた。

「……昨日のこと、覚えてたのか」

「忘れません」

 しばらくの沈黙のあと、モリスが小さく笑った。

「そこまで言うなら、信じよう」

 握手を交わす二人を、江理は少し離れた場所から見ていた。

 ◇

 用水路の話が一段落したあと、江理は近くの家で、鎮痛剤を使ってくれている女性の様子を診て回った。

「痛みは、だいぶ楽になりました」

「よかったです」

 簡単なやり取りを終えて外に出ると、オジーが文官と何か話し込んでいる姿が見えた。

 真剣な顔で紙を指さし、時折、村人の言葉に耳を傾ける。

 子供のように駆け寄ってくることも、拗ねた顔をすることもなかった。

 ただ、目の前の仕事に向き合っている、一人の人間がそこにいた。

 帰りの馬車の中、オジーは疲れた様子で座席にもたれていた。

「疲れた?」

「……少し」

「よくやったと思う」

「そう、かな」

「うん」

 オジーは、少し照れくさそうに視線を逸らした。

「江理に言われると、なんか変な感じがする」

「どうして?」

「分かんない」

 窓の外を流れる景色を眺めながら、江理はふと、隣に座るオジーの横顔を見た。

 昨日までは、17歳の男の子だと思っていた。

 いや、今も17歳には違いない。

 けれど、村人たちの前で頭を下げ、約束を守り抜こうとするその姿は、江理の知っている「オジー」の輪郭を、少しずつ塗り替えていた。

 ――もうすぐ、十八になるんだ。

 その事実が、これまでとは違う重さで、胸に落ちてきた。

「江理?」

「ううん、何でもない」

 江理は、小さく首を振った。

 馬車は、静かに城塞都市への道を進んでいった。

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