第六十話 一人で任された仕事
「江理も、来るか」
翌朝、アガット村へ向かう馬車に、そう声をかけられた。
「鎮痛剤の様子を見に行こうと思ってたところだから、ちょうどいい」
「そうか」
馬車には、オジーと江理、そして予算の書類を抱えた文官が一人、乗っていた。
ライリーの姿はなかった。
「今日は、ライリーさん一緒じゃないの?」
「一人でやってこいって」
オジーは、窓の外を見ながら答えた。
「昨日の分、取り返せってことだと思う」
その声には、緊張と、それを抑え込もうとする落ち着きが同居していた。
◇
アガット村に着くと、昨日会った農夫が、少し驚いた顔で出迎えた。
「本当に、もう一度来たのか」
「約束しましたので」
やり取りを聞きつけて、アガットの領主――先日、男爵位を授かったばかりのモリスが、奥から姿を見せた。
オジーは、文官から書類を受け取り、モリスと農夫の前に広げた。
「用水路の修復について、改めてお話しします」
必要な人手、材料、かかる日数。そして、いつから始め、いつまでに終わらせるか。
一つひとつ、具体的な数字とともに説明していく。
「予算については、王都の会計方と確認済みです。今日、この場でお約束できます」
「本当に、そんなに早く動くのか」
モリスが、半信半疑の顔で聞き返す。
「動きます」
オジーの声に、迷いはなかった。
「昨日、確認もせず約束してしまいました。今日は、確認した上でお約束します」
その一言に、農夫が目を見開いた。
「……昨日のこと、覚えてたのか」
「忘れません」
しばらくの沈黙のあと、モリスが小さく笑った。
「そこまで言うなら、信じよう」
握手を交わす二人を、江理は少し離れた場所から見ていた。
◇
用水路の話が一段落したあと、江理は近くの家で、鎮痛剤を使ってくれている女性の様子を診て回った。
「痛みは、だいぶ楽になりました」
「よかったです」
簡単なやり取りを終えて外に出ると、オジーが文官と何か話し込んでいる姿が見えた。
真剣な顔で紙を指さし、時折、村人の言葉に耳を傾ける。
子供のように駆け寄ってくることも、拗ねた顔をすることもなかった。
ただ、目の前の仕事に向き合っている、一人の人間がそこにいた。
帰りの馬車の中、オジーは疲れた様子で座席にもたれていた。
「疲れた?」
「……少し」
「よくやったと思う」
「そう、かな」
「うん」
オジーは、少し照れくさそうに視線を逸らした。
「江理に言われると、なんか変な感じがする」
「どうして?」
「分かんない」
窓の外を流れる景色を眺めながら、江理はふと、隣に座るオジーの横顔を見た。
昨日までは、17歳の男の子だと思っていた。
いや、今も17歳には違いない。
けれど、村人たちの前で頭を下げ、約束を守り抜こうとするその姿は、江理の知っている「オジー」の輪郭を、少しずつ塗り替えていた。
――もうすぐ、十八になるんだ。
その事実が、これまでとは違う重さで、胸に落ちてきた。
「江理?」
「ううん、何でもない」
江理は、小さく首を振った。
馬車は、静かに城塞都市への道を進んでいった。




