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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第4章 いつのまにか、国づくりまで始まっちゃった。

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第五十九話 領地を回るオジー

 馬車の窓から、見慣れない畑が流れていく。

「今日は、アガットの視察だ」

 地図を膝の上で広げながら、ライリーが言った。

「作物の育ちが悪いという報告が来ている。理由を見てこい」

「一人で、ですか」

 その声に、緊張が滲んでいた。

「俺も同行する。だが、話を聞くのはお前だ」

 江理は、その様子を診療所の帰りに聞いただけだった。実際にその場に立ち会ったわけではない。

 後になって、オジーの口から、あるいはライリーからの伝聞で、少しずつその日の出来事を知ることになる。

 ◇

「作物が育たないのは、水が足りないからです」

 アガット村の農夫は、疲れた顔でそう言った。

「では、井戸を増やせば」

 そう答えると、農夫が首を振った。

「井戸の話じゃありません。用水路です。去年の嵐で崩れたきり、直っていない」

「……分かりました。すぐに手配します」

 その場で、モリスに指示を出そうとする。

「待て」

 静かに、ライリーが止めた。

「お前は今、何を約束した」

「用水路の修復を」

「誰が、どの予算で、いつまでにやる」

 オジーは、言葉に詰まった。

「……決めていません」

「決めずに約束するな」

 静かな声だったが、容赦はなかった。

「お前の一言は、もう子供の戯言じゃない。国の言葉だ。守れない約束をすれば、次からお前の言葉は誰も信じなくなる」

 周りにいた村人たちの前で、何も言い返せなかった。

 馬車に戻ってからも、オジーはしばらく黙り込んでいた。

「……悪かった」

 ようやく口を開いたのは、村を出てしばらくしてからだった。

「分かればいい」

 それ以上、追及はなかった。

「では、明日もう一度アガットへ行け。今度は、予算と期日を決めてから約束しろ」

「もう一度、行くんですか」

「逃げるのか」

「……行きます」

 その返事に、迷いはなかった。

 ◇

 その夜、シアンの一室で、オジーは机に向かって何かを書きつけていた。

「まだ起きてたの?」

 様子を見に来た江理が声をかけると、オジーは顔も上げずに答えた。

「明日、もう一度アガットへ行く」

「聞いたよ、今日のこと」

「……父上から?」

「うん」

 少し気まずそうに、ペンを置く。

「情けないところ、見られたな」

「そう思う?」

「思うだろ、普通」

 江理は、机の上に広げられた紙を覗き込んだ。

 用水路の修復にかかる日数、必要な人手、予算の見積もり。子供の字ではない、真剣な字が並んでいた。

「情けないとは思わないよ」

「なんで」

「間違えたあと、ちゃんと直そうとしてる。それは、情けないことじゃないと思う」

 しばらく、オジーは黙って江理を見ていた。

「……江理って、たまに、そういうこと言うよな」

「そういうことって?」

「別に」

 オジーは、また紙に目を落とした。

「明日は、ちゃんとやる」

「うん」

 江理は、部屋の隅にある椅子に腰を下ろした。

「私も、ここにいていい?」

「……何で」

「見てるだけ。邪魔はしない」

 少し困ったような顔をしたが、追い出しはしなかった。

 しばらく、ペンの音だけが部屋に響いた。

 予算の見積もりを見直し、線を引いては書き直す。時折、地図を広げて距離を測る。

 子供のような仕草はどこにもなかった。

「これ、明日また父上に確認してもらうんだ」

 ふと、オジーが呟いた。

「一人で決めていいわけじゃないから」

「ちゃんと分かってるんだね」

「昨日、あれだけ言われれば分かる」

 苦笑いを浮かべたその顔は、いつもの子供っぽさと、それでも少し違って見えた。

 部屋を出る間際、江理は振り返った。

 机に向かうオジーの背中は、いつもより少しだけ大きく見えた。

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