第五十八話 二国協力の始まり
シアンのアトリエに、久しぶりに江理の姿があった。
「鎮痛剤、ね」
江理の説明を聞き終えると、マーサが腕を組んだ。
「うちにも、痛み止めの薬草はいくつかある。だが、効き目にばらつきがあってね」
「そこなんです」
持参した紙を広げる。
「量が安定していないと、効きすぎたり、逆に効かなかったりします。決まった濃さで、決まった量を作れるようにしたいんです」
「それは、あんたの世界のやり方か」
「はい。成分を一定にするための、煎じ方と保存の仕方です」
しばらく、江理の紙を眺めている。
「面白いね。うちの知識と、あんたのやり方を合わせれば、もう少しましなものができそうだ」
そこから数日、二人は薬草を煮出しては量り、記録しては作り直す作業を繰り返した。
「これ、効き目は強いですけど、眠気が強く出ますね」
「じゃあ、量を減らして、別の薬草で補おう」
試行錯誤の末、ようやく一つの処方にたどり着いた頃には、江理の手に薬草の匂いが染みついている。
「これなら、月経の痛みにも、頭痛にも使えると思います」
「あとは、どれだけ広めるか、だね」
◇
完成した処方を持って、江理たちは皇宮のアーサーの元を訪れた。
「これが、聞き取りから生まれた鎮痛剤か」
興味深そうに、アーサーが江理の説明に耳を傾ける。
「効能はもちろんですが、量産できる形にすることを、一番大事にしました」
「なるほど」
エイトが、横から補足する。
「陛下。まずは皇宮内で、試験的に使っていただければと」
「後宮の者たちから、ということか」
「はい。データを取らせていただいた方々ですので、真っ先にお返しするべきかと」
少し考えてから、アーサーが頷いた。
「よかろう。レイモンドとも連携させる。経過は、逐一報告するように」
「ありがとうございます」
「それと」
視線が、江理へ向く。
「うまくいけば、帝国全土へ広げることも考える。そなたたちの狙いは、村一つの話ではないのだろう」
その一言に、少し驚いた。
「……分かりますか」
「分からいでか」
軽く、アーサーが笑う。
「そなたのやることは、いつも一つの村では収まらん」
◇
その知らせは、間を置かずシアンへも届けられた。
「帝国で、試験的に使うことが決まったって?」
ライリーが、手紙に目を通しながら確かめる。
「はい。うまくいけば、帝国全土に広がるかもしれません」
「なら、こっちも急ぐ必要があるな」
迷いなく、ライリーが続けた。
「ピーコックブルーでも、同じものを作れ。両方の国で使えるようにしておいた方がいい」
「両方で?」
「一方でしか使えない薬より、両方で使える薬の方が、意味がある」
その言葉に、マーサが満足げに頷く。
「言うようになったじゃないか」
「母上に育てられたのでね」
軽口を交わす二人を見ながら、改めて実感する。
帝国とピーコックブルー王国。
二つの国が、敵対するのではなく、同じ処方を分け合っている。
「これ、私たちが最初に思ってたより、ずっと大きな話になってます」
江理がそう漏らすと、マイミが笑った。
「言ったでしょ。大きくして正解だって」
◇
後日、量産の算段を相談するため、マルコがシアンを訪れた。
「鎮痛剤の件、しかと承りました」
てきぱきと手帳に書き込みながら、マルコがふと顔を上げる。
「ところで、先生がいつも首に下げておられるそれは、何でございましょう」
「これ?」
江理は、聴診器に手をやった。
「聴診器っていって、体の中の音を聞く道具。心臓の音とか、呼吸の音とか」
「異世界から、お持ちになったのですか」
「うん。召喚されたとき、たまたま身につけてたから」
マルコの目が、商人らしく光った。
「それは、他の医師の方々もお使いになれば、診療の質が上がるのでは」
「作れそう?」
「集音の部分は、金属を薄く打てば近いものができましょう。管の部分は、少々知恵を絞らねばなりませんが」
マルコは、江理の聴診器を、矯めつ眇めつ眺めた。
「ただ、これほど曲げやすく、それでいて千切れない素材となると、すぐには思いつきません」
「私の世界だと、『ゴム』って呼ばれてる素材なんだけど」
江理は、そう付け加えた。
「木の樹液から作るものもあったはずだから、似たようなものが、こっちにもあるかもしれない」
「ゴム、でございますか」
マルコは、その響きを確かめるように呟いた。
「樹液を煮詰めたもので、近い弾力が出せるという話を、聞いたことがございます。試してみる価値はありそうです」
「できたら、教えてほしい」
江理は、少し期待を込めてそう言った。
「エイトさんや、レイモンド先生にも使ってもらえたら、診療がもっと正確になると思う」
「かしこまりました」
マルコは、深く頭を下げた。
「鎮痛剤と合わせて、こちらも試作に取りかかりましょう」
◇
その言葉通り、鎮痛剤の処方は、二つの国を静かにつなぐ小さな橋になろうとしている。




