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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第4章 いつのまにか、国づくりまで始まっちゃった。

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第五十七話 帝都ローズでの聞き取り

 帝都ローズへの往来は、以前よりずっと気軽になっていた。

「また来てくれるなんて、思いませんでした」

 出迎えてくれたリーゼルの顔が、心から嬉しそうだった。

「セレネ様が、首を長くしてお待ちです」

 通された部屋には、セレネと、サラの姿もあった。サラの腹は、以前よりも少し膨らんでいる。

「エリー先生」

 サラが、真っ先に立ち上がった。

「お加減、良さそうですね」

「はい。おかげさまで」

 サラは、そっと自分の腹に手を添えた。

「今日は、江理殿からお話があるとか」

 セレネが、興味深そうに江理たちを見る。

「はい。ピーコックの医療を、これから整えていくにあたって」

 江理は、アイリスが用意した紙を広げた。

「皇宮の女性たちに、改めて聞き取りをさせていただきたいんです」

「以前と、同じように?」

「はい。でも、今度は私たちだけじゃなく、村の医療にも活かすためのものです」

 マイミが、横から付け加えた。

「月経のこと、妊娠や出産のこと、更年期のこと。皇宮でもピーコックでも、悩んでいることは、きっと同じだと思うので」

 セレネは、しばらく考えてから頷いた。

「協力させてもらいます。あなたたちが来てから、皆、ずいぶん楽になったのですから」

「ありがとうございます」

 ◇

 翌日から、聞き取りが始まった。

 名前は伏せ、症状と困りごとだけを紙に書き留めていく。エイトが場を仕切り、マイミが問診を担当し、江理とアイリスが記録をまとめる。

「月のものが、二月も来ないことがあります」

「産んでから、どうにも体が元に戻らなくて」

「夫に、はっきり言えないことがあるんです」

 一人また一人と、これまで誰にも言えなかった話が積み重なっていく。

「これ、リストにしてみると」

 その日の終わり、紙を広げて見せたのはアイリスだった。

「症状の種類ごとに、驚くほど数が偏ってます。月経に関するものが、一番多いです」

「そうなんだ」

 江理は、その一覧を覗き込んだ。

「これだけあると、ピーコックでも同じ傾向が出そうですね」

「出るでしょうね」

 マイミが茶をすすりながら答える。

「体の作りは、皇宮の人もピーコックの人も、変わらないから」

 静かに、エイトが口を挟んだ。

「一つ、気づいたことがあります」

「何ですか」

「相談に来られる方の多くが、同じ言葉を口にします。『こんなことで』と」

 江理は、その言葉に手を止めた。

「こんなことで、悩んでいいのか分からない、ってことですか」

「はい。深刻な病だけが、相談していいことだと思っておられる」

「それ、皇宮のときも感じました」

 江理は、少し考えてから続けた。

「症状の軽い重いじゃなくて、困ってるかどうかで、話していいと思ってもらえるようにしたいです」

「それが、江理殿のやり方ですな」

 エイトが、穏やかに笑った。

 ◇

 聞き取りが一段落した頃、サラが再び江理の元を訪れた。

「先生。子どもの、その後のことなのですが」

「はい」

「今のところ、順調だと、レイモンド先生からも」

「よかったです」

 少し照れくさそうに、サラが続けた。

「実は、他の側妃の方々にも、記録をつけることを勧めてみたんです。私が楽になった話をしたら、皆さん興味を持ってくださって」

「サラ様が、広めてくれたんですか」

「私にできることが、それくらいしかなかったので」

 その言葉に、江理は胸が温かくなった。

 皇宮で聞き取った悩みの数々は、そのまま紙の束となって、ピーコックへ持ち帰られることになった。

 馬車の中、江理はその束をめくりながら呟いた。

「これ、全部持って帰ったら、また大変なことになりそうですね」

「大変にして正解だって言ったでしょ」

 マイミが笑う。

「一つずつ、答えを出していけばいいの」

 窓の外を流れる景色を眺めながら、紙の束をそっと抱え直す。

 ここに書かれた一つひとつの声を、ピーコックでの医療に変えていく。

 まだ、始まったばかりの仕事だった。

「でもさ」

 しばらく黙っていたマイミが、ふと口を開いた。

「話を聞くだけじゃ、まだ何も変わってないんだよね」

 その一言に、江理は紙の束から顔を上げた。

「……確かに」

「聞いて、記録して、それで終わりじゃ、悩んでる人からしたら、何も解決してない」

 マイミの言う通りだった。

 これまでやってきたのは、痛みや不安の輪郭を知ることだけだ。それを和らげる手立ては、まだ何一つ形になっていない。

「じゃあ、まず何から?」

 江理が尋ねると、アイリスが紙をめくり、集計した一覧を指さした。

「一番多かったのは、月経のときの痛みでした。次いで、頭痛や腰の痛み」

「痛み、か」

 エイトが、静かに呟いた。

「痛みへの対応なら、私たちの手の内にあるものです。江理殿の知識と、マーサ殿の薬草。組み合わせれば、今すぐにでも取りかかれるでしょう」

「鎮痛剤、ですか」

「はい。まずは、そこから」

 江理は、少し考えてから頷いた。

「効き目がはっきりしていて、副作用も分かっていて、誰でも安全に使えるもの。それができたら、確かに一番、実感してもらいやすいです」

「聞くだけの人たちから、卒業だね」

 マイミが、にっと笑った。

「マーサさんに相談だ」

「はい」

 江理は、紙の束を抱え直した。

 これまでは、痛みの声を集めるだけだった。

 次は、その痛みを、実際に和らげる番だった。

「あ、それなら」

 アイリスが、何かを思い出したように顔を上げた。

「マルコさん、今もローズにいらっしゃるんですよね」

「マルコさんが?」

 江理が聞き返すと、エイトが頷いた。

「帝都の商会は、今も彼が構えております」

「じゃあ、話を聞いてもらいましょう」

 マイミが、すぐに乗り気になった。

「作れても、届けられなきゃ意味ないもんね」

 ◇

 その日の午後、マルコが江理たちの元を訪れた。

「お呼びと伺って、飛んでまいりました」

「マルコさん、急にすみません」

「いえいえ。それで、今日は?」

 江理は、紙の束をマルコの前に広げた。

「これから、鎮痛剤の開発に取りかかろうと思ってるんです。月経の痛みとか、頭痛とか、腰の痛みとか」

「ほう」

 マルコの目が、商人らしく光った。

「できたら、どのくらいの量が必要になりそうですか」

「まだ、これからですけど」

「見込みで構いません。話が早いに越したことはございませんので」

 江理とアイリスが、聞き取った数字を頼りに、おおよその人数を挙げていく。

 マルコは、それを丁寧に書き留めながら、時折小さく頷いた。

「これだけの数となると、村での手作りだけでは、いずれ追いつかなくなるかもしれません」

「量産、ってことですか」

「はい。効能と作り方が固まりましたら、私の方で、量を確保する算段をいたします。材料の仕入れ先も、当たっておきましょう」

「お願いできますか」

「もちろんでございます」

 マルコは、満足そうに笑った。

「先生方が痛みを和らげる方法を見つけ、私がそれを届ける。良い役割分担ではありませんか」

 その言葉に、自然と頷いていた。

 薬を作る者、届ける者。

 一人では、決してできないことだった。

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