第五十六話 ピーコック医療チームの方針会議
診療所の奥の部屋に、江理、マイミ、エイト、アイリスの四人が集まっていた。
卓の上には、白紙の束と、炭の欠片。
「ピーコックの医療を、これからどうするか」
江理がそう切り出すと、マイミが茶を配りながら頷いた。
「王都になるんだもんね。人も増えるし」
「今のままじゃ、足りなくなるのは目に見えてます」
アイリスが、既に用意していたらしい紙を広げる。そこには、今の診療所でできること、できないことが、几帳面な字で並んでいた。
「まずは、私たちが今、何をやってるか整理しましょう」
江理がそう提案すると、エイトが静かに頷いた。
「よろしいでしょう。江理殿から」
「私は、外科です。縫合、骨折、火傷、あとは……そうだ、水魔法を使った洗浄とか消毒も、マーサさんに教わってから増えました」
「私は内科」
マイミが続く。
「胃の不調、熱、あとは薬草の扱いも、江理ちゃんより詳しいと思う」
「エイトさんは」
「私は、総合的な診療全般と、後進の指導を」
テオの名が、そこに含まれていることは、誰も口にするまでもなかった。
「私は、薬草の栽培と加工、それから記録の管理です」
アイリスが、自分の分を書き足していく。
紙の上に、四人分の役割が並んだ。
それを見て、江理は唸った。
「……こうして書き出すと、やること多くない?」
「多いよ」
マイミが、あっさり頷いた。
「しかも、これで足りてるわけじゃないでしょ」
「足りてません」
アイリスが即答する。
「皇后様や側妃様たちを診た話、聞きました。あれ、私たちにできますか?」
その一言に、部屋が静かになった。
江理は、素直に首を振った。
「正直、私も専門じゃないです。外科ですから」
「私も、専門は内科だからね」
マイミも肩をすくめる。
「産婦人科医じゃないの。皇宮では、聞かれたことに精一杯答えただけで」
「では、どうしますか」
エイトが、静かに問いかけた。
沈黙が落ちる。
やがて、口を開いたのはマイミだった。
「全部いっぺんになんて、無理だよ」
「うん」
「だから、まず自分たちにできることから始めよう」
マイミは、紙の上の一点を指した。
「病名を探すより先に、何に困ってるか聞く。それなら、専門がなくてもできるでしょ」
その言葉に、江理は目を見開いた。
「皇宮でやったことと、同じですね」
「そう。あそこで、江理ちゃんがやってたこと」
マイミが微笑む。
「記録をつけて、困りごとを聞いて、分かる範囲で楽にする。産婦人科医の知識がなくても、それはできる」
「じゃあ、ピーコックでも、同じように」
「その前に」
エイトが、静かに口を挟んだ。
「一つ、確かめておきたいことがあります」
「何ですか」
「ピーコックの女性たちだけを対象にするのか。それとも、もっと広い範囲で、まず情報を集めるのか」
江理は、その問いに少し考え込んだ。
「広い方が、いいと思います。ピーコックだけじゃ、症例が少なすぎて、何が普通で何が問題なのか、判断がつかないので」
「では」
エイトの視線が、江理へ向いた。
「皇宮の後宮でも、同じように聞き取りをしてはどうでしょう。既に江理殿への信頼もありますし、事例も集めやすいはずです」
「帝都で、ですか」
「はい。あちらでの経験を、こちらへ持ち帰る形にできます」
マイミが、面白そうに口の端を上げた。
「アーサー陛下に、また協力してもらうってこと?」
「おそらく、断られはしないでしょう」
エイトの言葉に、つい笑いがこぼれた。
「なんか、規模がどんどん大きくなってません?」
「大きくして正解だと思うよ」
マイミが、紙を指でとんとんと叩いた。
「一つの村だけじゃ、答えが出ないことって、この世界にはたくさんあるから」
アイリスが、新しい紙を取り出し、今の話し合いの内容を書き留め始めた。
「まずは、聞き取りの項目を決めましょう。月経のこと、妊娠や出産のこと、それから」
「更年期のことも」
江理がそう付け加えると、アイリスが頷いて書き加える。
紙の上に、少しずつ、これからやるべきことの輪郭ができていく。
多すぎるほどの課題を前に、それでも江理は、不思議と気持ちが軽くなっているのを感じていた。
一人ではない。
この四人で、少しずつでも進めていける。
そう思えることが、何よりの支えだった。




