第五十四話 父の跡を継ぐ者
シアンでの数日を終え、江理たちはひとまずピーコック村へ戻ることになった。
馬車が村に着くと、フィンが真っ先に駆け寄ってきた。
「父上、大丈夫でしたか」
「ああ、心配をかけたな」
リアムは、疲れた様子ながらも、穏やかに笑った。
夕食の席で、リアムは妻とフィンに、シアンで起きたことを一通り話して聞かせた。
「西の新しい国になるそうだ。この辺り一帯が。……役人、いや、領主に任じられてしまった」
「領主?」
フィンが、目を見開いた。
「父上が、ですか」
「ああ。パールの地を、これからも治めるようにと」
マリーが、驚いた様子で口元を押さえている。
「それで、しばらくはシアンに通うことになる。役職の話も、まだ途中でな」
「そんな、急に」
「私にも、まだ実感がない」
リアムは、苦笑しながら杯を傾けた。
その様子を、アイリスが少し複雑な表情で見つめていた。
「フィン、大丈夫?」
「……分からない。父上が領主って、想像もしてなかった」
フィンは、しばらく黙って考え込んでいた。
◇
数日後、江理はマーサのアトリエへ薬草を受け取りに行くため、再びシアンを訪れていた。
そこに、フィンの姿があった。リアムに連れられて、正式にライリーへ挨拶をしに来ていたらしい。
「フィン・パールと申します」
フィンが、緊張した面持ちで頭を下げる。
ライリーは、しばらくフィンを見ていた。
「リアム殿の子か」
「はい」
「話は、父君から聞いているか」
「領主のことでしょうか」
「そうだ」
ライリーは、椅子に腰を下ろしたまま、フィンをまっすぐ見据えた。
「先に、言っておきたいことがある」
「なんでしょうか」
「父君が領主に任じられたからといって、そなたが自動的に何かを得るわけではない」
その言葉に、フィンの背筋が伸びた。
「この国は、血筋や家柄だけで地位を継がせることはしない。実績を見て、その者にふさわしいかを判断する」
「……承知しております」
「そなたの父君は、パールの地を長く治めてきた。その功績があってこその今回の任だ。そなた自身が同じ地位を望むなら、そなた自身の働きが要る」
フィンは、深く頭を下げた。
「肝に銘じます」
ライリーの表情が、少しだけ和らいだ。
「厳しいことを言ったが、望みがないという意味ではない。若い者が育つ国でなければ、この国は長く続かん」
「はい」
「機会は、これから作る。励むがいい」
「ありがとうございます」
フィンが顔を上げると、そこには、これまで見たことのない真剣な眼差しがあった。
「陛下」
「なんだ」
「一つ、申し上げてもよろしいでしょうか」
「申せ」
フィンは、一度深く息を吸った。
「いずれ、父の跡を継いで、パールの地を治めたいという気持ちはあります。ですが、今すぐにではありません」
「ほう」
「まずは、剣の腕を磨きたいのです。この国の治安を守る仕事に、力を貸したい」
ライリーは、しばらくフィンを見つめていた。
「なぜだ」
「領主として立つなら、民を守る力を、自分の目で確かめておきたいのです。机の上だけで学んだことでは、足りないと思うので」
その答えに、ライリーは小さく頷いた。
「よかろう。騎士団への推挙は、こちらで考えておく」
「ありがとうございます!」
フィンの声が、初めて弾んだ。
「ただし」
ライリーが、釘を刺すように続けた。
「剣の腕を磨いたからといって、領主の器が自動的に備わるわけではないぞ」
「承知しております」
「両方、励め」
深く一礼して、フィンは応えた。
その場に居合わせた江理は、そのやり取りを、少し離れた場所から見守っていた。
フィンが部屋を辞したあと、リアムが小さく息を吐いた。
「……国王陛下に、あそこまではっきり言われるとは」
「厳しかったですか」
江理が尋ねると、リアムは首を振った。
「いや。むしろ、ありがたい話です」
「そうなんですか」
「家柄だけで地位が回ってくるなら、息子は努力しなくなる。あれくらい、はっきり言っていただいた方がいい」
リアムは、そう言って目を細めた。
「あの子が、どう応えるか。楽しみです」
その言葉に、江理も自然と頬が緩んだ。
村へ戻る道すがら、フィンはずっと何かを考えている様子だった。
「フィンさん、大丈夫ですか」
「……はい。ただ」
フィンは、拳を握った。
「父の跡を継ぐんじゃなくて、自分の力で認めてもらいたいと、初めて思いました」
その横顔は、江理の知っているフィンより、少しだけ大人びて見えた。




