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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第4章 いつのまにか、国づくりまで始まっちゃった。

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第五十三話 三つの理由

 シアンでの夕食を終えたあと、江理はオジーを部屋の外へ連れ出した。

「約束通り、話をします」

「聞くって言った」

 二人は、城の裏手にある、小さな中庭に出た。あの日、指輪を渡された場所だった。

「オジー」

「なんだよ」

「私、王太子妃にはなれません」

 単刀直入に、そう告げた。

 わずかに、オジーの表情が硬くなった。

「理由を、聞いてもいいか」

「もちろん」

 夜空を見上げてから、言葉を選ぶ。

「まず、オジーはまだ十七歳です。成人してない」

「それがどうした」

「十も年下の、まだ大人になってない人と、結婚を決められません」

「だから、大人になったら、もう一度言えって言ったんだろ」

「うん。そこは変わってない」

 頷いた。

「十八になって、それでも私のことを好きだって思ってたら、その時、改めて答える。それは約束します」

「……分かった」

 オジーの声が、少しだけ和らいだ。

「でも、それだけじゃないよな」

 鋭い指摘に、江理は苦笑した。

「うん。もう一つ」

 続ける。

「オジーは、いずれ王になる人です。そうなったら、縁談だって色々出てくると思う」

「俺は、江理がいい」

「今はそう思っていても、これから先、王太子として色んな人に会っていく中で、考えが変わることもあると思う」

「変わらない」

「今は、そう言い切れると思うよ」

 江理は、静かに続けた。

「でも、それを決めるのは、大人になってからでいい。今、十七歳の気持ちだけで、全部を決めてしまうのは、私は違うと思う」

 何も、オジーは言わなかった。

「それと」

 もう一つの理由を、口にする。

「この間、サラ様のことで話したでしょう。世継ぎのこと」

「聞いた」

「私が王太子妃になったら、私にも同じ重みが乗ります。子どものこと、王家の血筋のこと。それを、今の私は背負う覚悟ができてません」

「そんなの」

「オジーにとっては簡単なことじゃないよ」

 少し強い口調で、そう言った。

「王家に嫁ぐっていうのは、好きとか嫌いとかだけじゃ済まないことだって、王宮で見てきたから」

 唇を、オジーが噛んだ。

「それと、もう一つ」

「まだあるのか」

「一番、大事なことです」

 自分の手を見つめる。

「私は、医者を続けたい。王太子妃になったら、今みたいに、好きなだけ患者さんを診て回ることは、たぶんできなくなる」

 その言葉に、オジーが初めて、江理をまっすぐ見た。

「江理は、それが一番嫌なのか」

「うん」

 迷わず、頷いた。

「私は、ここまで来て、たくさんの人に医者として頼ってもらえるようになった。それを手放すことは、今は考えられない」

 沈黙が、二人の間に落ちた。

「……分かった」

 やがて、オジーがそう言った。

「大人になるまで、待つ」

「うん」

「でも、諦めるとは言ってない」

「知ってる」

 小さく笑った。

「それでいい」


 ◇


 その夜、江理が部屋へ戻る途中、廊下でマーサに呼び止められた。

「先生」

「マーサさん」

「あんた、さっきの話、あたしも聞こえてたよ」

「盗み聞きですか」

「城だからね。あちこち音が通る」

 悪びれもせず、マーサは笑った。

「一つだけ、言わせておくれ」

「なんですか」

「あたしは、あんたが王太子妃になるのを、望んでる」

 思いがけない言葉に、声が出なかった。

「マーサさん……」

「医者を辞めろとは言わない。あんたほどの腕を、飾りにするつもりはないさ」

 マーサは、真剣な目でそう言った。

「あんたなら、医者をやりながら、王太子妃もやれる。そういう国に、あたしたちがすればいい」

 その言葉に、江理は何も返せなかった。

 廊下の向こうから、ライリーの声もした。

「聞いたぞ、今の話」

「ライリーさんまで」

「俺も、母上と同じ考えだ」

 短い言葉だったが、迷いはなかった。

 さらに奥の部屋から、ミラの声が聞こえてくる。

「江理先生。もし迷惑でなければ、私も、そう思っています」

 三人の言葉に、江理は、立ち尽くすしかなかった。

 オジーの気持ちだけの話だと思っていた。

 けれど、この家族全員が、既に同じ方向を見ているらしかった。

 静かに、部屋へ戻る。

 窓の外には、シアンの夜が広がっていた。

 答えは、まだ出ない。

 それでも、少しだけ、風向きが変わったような気がした。

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