↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第3章 攫われた先の皇宮で、まさかの主治医になっちゃった。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/105

第四十六話 三年分の答え

 ルイスの診療記録が届いたのは、会議が始まって数日後のことだった。

「幼少期の高熱の記録、見つかりました」

 レイモンドが、古い紙の束を卓に置く。

 江理は一枚ずつ目を通していった。

 六歳の頃、十日近く高熱が続いたという記録がある。原因は不明のまま、自然に熱は引いたと書かれていた。

「これだけですか」

「当時の記録は、これで全てです」

 その一文を、何度も読み返す。

 ――高熱が長引いた。原因不明。

 可能性はいくつか考えられるが、これだけでは何も断定できない。

「殿下は、その後の体調に、何か変わったことはありませんでしたか」

「特には」

 少し考えてから、ルイスが答える。

「強いて言えば、その頃から、汗をかきにくくなったような」

「汗?」

「暑い日でも、あまり汗をかかない。母上に、変わっていると言われたことがあります」

 江理はその情報を書き留めた。

 高熱との関連があるのか、それとも全く別のことなのか。今ある情報だけでは分からない。まして、それを現在の不妊と結びつけるだけの根拠はなかった。

「殿下」

「はい」

「今日は、もう少し違うことを聞かせてください」

「違うこと?」

「サラ様と、いつ、どのくらいの頻度で夫婦の時間を過ごされていますか」

 部屋の空気が、少し固まった。

 レイモンドが咳払いをする。

「エリー殿」

「大事なことなので」

 江理は表情を変えなかった。

「はっきり言いますね。子どもができるかどうかを考えるなら、女性の体だけを診ていても分かりません。男性の体のことも、夫婦がいつ、どのくらい一緒に過ごしているのかも、両方考える必要があります」

「それは……」

 少し言いにくそうに、ルイスが口を開く。

「決まった夜がある。公務の都合で、月に数えるほどしか」

「その夜は、いつ決めていますか」

「特に決まりはない。互いの都合が合う夜に」

「サラ様の月のものについて、意識されたことはありますか」

「いや」

 江理は、卓に広げたサラの記録へ目を落とした。

「サラ様には、ここ数か月、月のものが始まった日や体調の変化を記録してもらっていました」

「それで、何か分かったのですか」

「まだ、はっきりとは」

 江理はそう前置きした。

「女性の体には、ひと月の中でも、子どもができやすい時期と、そうでない時期があります」

「そんなことが、分かるのですか」

「ある程度は。ただ、サラ様は周期にばらつきがあります。ですから、月のものの日付だけを見て、この日だと正確に決めることはできません」

「では、分からないのですか」

「これから記録を続けながら、体調の変化も一緒に見ていけば、ある程度の目安はつけられると思います」

 ルイスは、卓の上に置かれた記録を見つめた。

「……三年間」

 呆然とした声で、ルイスが呟く。

「私たちは、そんなことも知らずに三年間……」

「殿下」

 江理は静かに遮った。

「これが原因だと決まったわけではありません」

 ルイスが顔を上げる。

「三年間、お子様ができなかった理由は、今の私にも分かりません。他に理由があるかもしれませんし、いくつものことが重なっている可能性もあります」

「……そうですか」

「でも、一つだけ言えることがあります」

「何でしょう」

「サラ様だけの問題として考えるべきではありません」

 ルイスは黙った。

「お子様を望むなら、殿下にも一緒に取り組んでいただく必要があります」

「私にも」

「はい」

 江理は頷いた。

「サラ様だけが薬を飲んで、サラ様だけが体を調べられて、結果が出なければまた別の薬を試す。それでは駄目です」

 レイモンドが、わずかに目を伏せた。

 これまで皇宮で行われてきた治療を責めたいわけではない。

 知られていなかったことを、知らなかっただけなのだ。

「これからは、お二人で考えてください」

 しばらくして、ルイスが深く息を吐いた。

「……サラに、ずいぶん長い間、一人で背負わせていたのですね」

 江理は何も答えなかった。

 それは、ルイス自身が考えるべきことだと思った。

「教えていただいて、感謝します」

「まだ始まったばかりです」

「ああ」

 ルイスは、サラの記録をもう一度見た。

「今度は、私も一緒に考えます」

 その言葉に、江理は静かに頷いた。

 ◇

 その晩、サラが再び江理の部屋を訪れた。

「殿下から、伺いました」

「はい」

 サラは椅子に腰を下ろしたまま、しばらく自分の手を見つめていた。

「私、ずっと自分の体が悪いんだと思っていました」

 江理は黙って続きを待った。

「薬を飲んでも子どもができない。診てもらっても、また次の薬を出される。それでも駄目なら、私の体に何か問題があるんだって」

「サラ様」

「三年間、ずっと」

 その声が震えていた。

 江理はゆっくりと首を振った。

「まだ、原因が分かったわけではありません」

 サラが顔を上げる。

「でも、サラ様だけの問題として考えることではありません。女性だけに原因があるとは限りませんし、男性側に理由があることもあります。二人とも健康なのに、なかなか授からないことだってあります」

「でも、私は……」

「サラ様が悪かったわけではありません」

 江理は、はっきりと言った。

「少なくとも、自分を責め続ける必要はありません」

 サラの目から、涙がこぼれた。

「……そんなことを言われたのは、初めてです」

 江理は何も言わず、そばに置いてあった布を差し出した。

「まだ、結果は分かりません」

「はい」

「だから、絶対に大丈夫だとは言えません。でも、これからできることはあります」

 サラは涙を拭いながら、何度も頷いた。

「殿下も、一緒に考えると仰っていました」

「……ルイス様が?」

「はい」

 サラは目を伏せた。

 その表情に浮かんだものは、もう悲しみだけではなかった。

 その晩、一人になった江理は、二人の記録をもう一度見返した。

 三年という月日は、もう戻らない。

 そして、まだ答えが見つかったわけでもない。

 それでも、三年間一人で背負っていたものを、これからは二人で背負うことができる。

 何も分からないまま待つのとは、きっと違う。

 それだけでも、少し前へ進んだのだと思う。

 窓の外には、帝都ローズの夜が広がっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。