第四十三話 召喚士の罪
その知らせが届いたのは、ガルド卿の裁きから数日後のことだった。
「シリル、という召喚士に、心当たりはあるか」
皇帝に呼ばれ、江理は息を呑んだ。
「シリルさんが、どうかしたんですか」
「無許可の異界召喚の疑いで、帝都への出頭を命じられた」
その言葉に、血の気が引いた。
「無許可、って……」
「本来、異界召喚は帝国の許可を得て行うものだ。術を行使する召喚士には、事前に申請する義務がある。シリルという者は、それを得ずに術を行使したと聞いている」
「でも、召喚を頼んだのはイアンさんです」
「イアン村長からも事情は聞いている。だが、彼はシリルが必要な許可を得ているものと思っていたそうだ。召喚術の詳細についても、十分な説明を受けていなかった」
「じゃあ、イアンさんは……」
「現時点で罪に問う理由はない。許可を得る責任は、術を行使する召喚士にある。もっとも、村長という立場にありながら、術者の資格や許可の有無を確かめず依頼したことについては、厳重に注意してある」
江理は、あの日の記憶をたどった。
目を覚ましたら、見知らぬ天井があった。
傍らには初老の男と、灰色のローブを着た男。
あれが、シリルだった。
「陛下。それは……私のことですか」
「そうだ。そなたを、この世界へ呼んだ張本人だ」
しばらく、言葉が出てこなかった。
あの日、江理は召喚された当事者として、シリルに散々文句を言った。責任を取れと詰め寄り、紙や鍋や酒を要求し続けた。
それでも。
あの男が処罰されることまでは、想像していなかった。
「罪は、どのくらい重いんですか」
「無許可召喚は重罪だ。召喚された者の扱い次第では、極刑もあり得る」
江理の背筋が冷えた。
「でも、シリルさんは私を粗末に扱ったりしませんでした。イアンさんから報酬をもらって召喚したのは知っています。でも、その後は私のために色々と動いてくれました」
「そなたの証言は聞こう」
皇帝が静かに言う。
「だが、罪そのものは消えぬ。許可なく人を異界から呼び寄せたことは事実だ」
江理は拳を握った。
「……会わせてもらえますか」
「今は審問の最中だ」
「終わったら」
少し間を置いて、皇帝が頷いた。
「よかろう」
◇
通されたのは、皇宮の奥にある小さな部屋だった。
格子越しに、見慣れた顔があった。
少し痩せたように見える。灰色のローブは、あの日より薄汚れていた。
「シリルさん」
「……先生」
驚いたように、シリルが顔を上げる。
「なんで、ここに」
「話を聞きました。無許可の召喚だったって」
シリルが目を逸らす。
「そうだ」
「隠してたんですか、ずっと」
「隠してたわけじゃない。村長からの依頼で、金をもらって術を使った。それだけだ」
「知ってます。あの時、聞きましたから」
「……ああ」
力なく、シリルが笑った。
「辺境の村で一度術を使うだけだ。見つかりはしないと思ってた」
江理は眉を寄せた。
「無許可だって、分かってたんですか」
「分かってた」
シリルは短く答えた。
「だから、言い訳はできない」
「シリルさん……」
「先生には、迷惑ばかりかけたな。呼んでおいて、帰す方法も知らないなんて言って」
「それは、もう終わった話です」
江理は格子に手をかけた。
「今、聞きたいのはそれじゃありません」
「じゃあ、何だ」
「極刑になるかもしれないって、本当ですか」
シリルの表情が揺れた。
「……そういう話も、出ているらしい」
「そんな」
「仕方ない。ルールを破ったのは俺だ」
その諦めた声に、江理は苛立ちを覚えた。
「シリルさん、私に文句を言われた時、ちゃんと謝りましたよね」
「言ったな」
「紙も、鍋も、酒も、全部用意してくれましたよね」
「……したな」
「エイト先生のことも、繋いでくれました」
「そうだったな」
「なのに、命まで取られていいと思ってるんですか」
返事はなかった。
「私は、思ってません」
江理は、はっきりと言った。
「あなたがルールを破ったのは事実です。それをなかったことにするつもりはありません。でも、あなたは私を粗末に扱いませんでした。それどころか、召喚した後もずっと私のために動いてくれました」
「先生……」
「証言します。陛下にも、必要ならどこにでも」
しばらく、シリルは黙っていた。
それから、小さく笑った。
「先生は、変わらないな」
「何がですか」
「昔から、こっちが下手に出ても、上から目線でも、態度が変わらない。ただ、必要なことをする」
「褒めてます? それ」
「褒めてる」
格子の向こうで、シリルが肩をすくめた。
「けど、先生。俺のために証言して、あんたに何か不利なことが起きたりしないか」
「そんなの、やってみないと分かりません」
「先生らしいな、それも」
「よく言われます」
江理は格子越しに、シリルを見つめた。
「私を呼んだのはシリルさんでした。でも、その後、私がこの世界で生きていくために色んな人へ繋いでくれたのも、シリルさんです」
「そんな大層なもんじゃ」
「大層なんです」
きっぱりと言い切った。
「だから、勝手に諦めないでください」
しばらく、シリルは江理を見つめていた。
それから、深く頭を下げた。
「……すまなかった。そして、ありがとう」
「まだ何も終わってません」
江理は踵を返した。
「これから、ちゃんと戦います」
部屋を出る。
シリルが犯した罪を、なかったことにはできない。
けれど、罪を犯したという事実だけで、その人間のすべてが決まるわけでもない。
少なくとも江理は、召喚されたあの日から今日までのシリルを知っている。
ならば、自分にできることは一つだった。
江理は皇帝に会うため、再び長い廊下を歩き始めた。




