第四十一話 再会
「エリー様、お客様です」
リーゼルの声が、いつもより弾んでいた。
「客?」
「その……お名前を伺う前に、飛び込んでこられまして」
言い終わるより早く、扉が開いた。
「江理!」
オジーだった。土埃のついた服のまま、まっすぐこちらへ駆けてくる。
「オジー!?」
江理が立ち上がった次の瞬間、強く抱きしめられた。
「オジー……?」
「……よかった」
耳元で聞こえた声が、震えていた。
この十日間、どれほど自分を案じてくれていたのかが伝わってくる。江理は、その背中に手を回し、落ち着かせるように軽く叩いた。
「ごめんね。心配かけたよね」
「……謝るな」
やがてオジーが我に返ったように腕を解き、気まずそうに目を逸らした。
「怪我は。何もされてないか」
「大丈夫。何もされてないよ」
「本当に?」
「本当に」
念を押すように、オジーは江理の顔をもう一度だけ見て、それから深く息を吐いた。
「みんな、ここまで?」
「ああ」
オジーの後ろから、ライリーが現れた。
「先生。無事で何よりだ」
「ライリーさん」
その後ろに、マーサ、そしてエイトとマイミの姿もある。
狭い部屋に、一気に人が溢れた。
江理は皆の顔を、順番に見た。心配をかけたことが、今更のように申し訳なくなる。
「すみません、私が油断してたばっかりに」
「油断じゃない」
オジーが強く言った。
「江理は、患者を助けようとしただけだろ」
「でも」
「謝るな」
その口調に、江理は言葉を止めた。
マーサが部屋を見回して、鼻を鳴らす。
「随分立派な部屋に住まわせてもらってるじゃないか」
「マーサさん……」
軽口だと分かっていても、江理の目には涙がにじんだ。
その時、扉の外から足音が近づいてきた。
「エリー殿、何事――」
レイモンドだった。騒ぎを聞きつけて駆けつけたらしい。
部屋に入った瞬間、レイモンドの足が止まった。
視線の先には、マーサがいた。
「……マーサ、様?」
その呼び方に、江理は目を瞬いた。
「様?」
誰も答えない。
マーサが、ゆっくりとレイモンドを見た。
「久しいね。レイモンド」
「マーサ様……本当に、マーサ様なのですか」
レイモンドの声が、明らかに震えていた。
「昔の話をするには、まだ早いだろう」
マーサは軽く手を振って、それきり取り合わなかった。
江理は、その様子を黙って見ていた。
あの日、レイモンドが「昔、皇宮にも一人、おられました」と言葉を濁したことを思い出す。
――やっぱり、同じ人だったんだ。
だとすれば、「様」と呼ばれる理由は何なのか。
混乱している江理をよそに、レイモンドはエイトへ視線を移した。
「……エイト、殿」
「久しいな、レイモンド」
「あなたも、まさか」
「話は、また後で」
エイトの返しは、いつも通り落ち着いていた。だが、レイモンドは明らかに動揺していた。
「エイトさんも、レイモンド先生と知り合いだったんですね」
「昔、同じ職場でしたので」
「筆頭級同士だったと聞きました」
江理がそう言うと、エイトが初めて、少し困ったような顔をした。
「江理殿。それは」
「レイモンド先生に聞きました。エイトさんが、この皇宮で一番の名医だったって」
「一番、とは大袈裟です」
「大袈裟ではありません」
横からレイモンドが口を挟んだ。
「エイト殿は、皇族の診療を一手に担っていた筆頭医でした。彼が辞められてから、後宮の医療は随分と困ったものです」
「エイトさん……」
江理は、改めてエイトを見た。
いつも静かに、村の診療所で薬草の話をしていた人。テオに教え、江理にも助言をくれた人。それが、皇族専属の筆頭医だったなんて。
「知らなかった。エイトさん、そんなにすごい人だったんですね」
「江理殿の知識にも、いつも驚かされておりました。お互い様です」
エイトはそう言って、話をそれ以上広げなかった。
マイミが横で笑っている。
「この人、そういうこと全然言わないのよ。私も後から知ったくらい」
「マイミさんも大概ですけどね」
「私は関係ないでしょ」
「関係あるでしょう」
軽口が続く中、江理はふと、レイモンドがまだマーサを見つめたままなのに気づいた。
「レイモンド先生?」
「あ……失礼」
我に返ったように、レイモンドが姿勢を正す。
「陛下に、お知らせせねば」
「アーサー陛下に?」
「ライリー殿が来られたこと、そしてマーサ様のことも」
その言葉に、部屋の空気が、少しだけ張り詰めた。
「陛下も、ご存じなんですね」
江理がそう聞くと、ライリーが短く頷いた。
「知っている」
「でも、私には教えてくれないんですね」
「そのうち分かる」
「それ、みんな言いますよね」
江理が呆れたように言うと、オジーが横で小さく笑った。
「本当だな」
その笑顔に、ようやくいつもの調子が戻ってくる。
「先生」
ライリーが江理に向き直った。
「無事な顔を見られて、よかった」
短い一言だったが、その目には、これまで見たことのないほどの安堵があった。
「心配、かけてすみませんでした」
「詫びるのは、俺たちの方だ」
ライリーは静かに言った。
「守り切れなかった」
「そんな」
「これからは違う」
その一言に、迷いはなかった。
江理は、集まった顔ぶれを見渡した。
ライリー、マーサ、オジー、エイト、マイミ。
誰か一人が欠けていたら、この部屋はここまで賑やかにならなかった。
――帰りたい場所の人たちが、ここまで来てくれた。
その事実だけで、胸の奥が熱くなった。




